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2012年07月 アーカイブ

2012年07月01日

花の平標山

この時期は梅雨の間隙を縫って花に逢いに行く事が多い。
今年の鬼ケ面や浅草岳のヒメサユリは昨年の水害による被害で
アプローチが不便なのとあまりの好天で足がむかなかったのだが
神奈川県に住むN島氏が駒ケ岳を登りたい旨のメールをくれたので
強引に「平標山」へと目的の山を変更させて今回の山行になった。

結果的には天気がすごく良かったので「駒ケ岳」でも良かったのだが
「平標山」が初めてのメンバーが居たので、まあベターな選択だった。
前日にY画伯が突然参加することになったので我が町内会から3名と
海老名市から1名のおじさん連中がR17の元橋駐車場に集合した。

6時過ぎに満杯状態の駐車場を出発して「松手山」経由の急登コースを登る。
先頭は絶好調のS氏が先行する登山客をどんどん追い越してゆき
朝露のキラキラ輝く高圧線鉄塔には40分ほどで到着。
なにやらY画伯の知り合いが多く登っていたらしく、鉄塔下でも
魚沼から来ていた人から声をかけられるほど・・・・

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鉄塔付近から松手山と平標山方面を望む

そこから今度はエンジンがかかり始めたY画伯が先頭で見る間に
潅木の陰に消えて行き、S氏もその後を追うように視界から消えた。
小生はカメラを出して花などを愛でながらのんびりと歩いたのだが
「平標山」の山頂には2時間半ほどで着いてしまった。

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従走路からは苗場スキー場が・・・

すでにY画伯は「仙ノ倉」に向かって出発したようで待っていてくれた
S氏と一緒に我等も歩き辛い木道を辿って「谷川連峰」最高峰の「仙ノ倉」に
向かってお花畑の間を歩き始めた。
チングルマはすでに最盛期を終えハクサンイチゲも花弁が散り始めていたが
かろうじてハクサンコザクラが花房を揺らしていた。

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ハクサンイチゲ

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ハクサンコザクラ

途中でガスが出て視界が心配されたが、「仙ノ倉」に着くころには再び
絶好の風景が我々を迎えてくれた。
小休止をしてどこかに消えてしまったY画伯を待ったが、いつもの事なので
いずれ追いつかれる事を想定して「平標山」にもどる。

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チングルマ

遅れていたN島氏ともお花畑の近くにある休憩所で合流して
早めのお昼を食べていたら、よく大力山で逢うご婦人に遭遇。
まあ、今回の山は魚沼市の方々に良く出会う。

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平標山の小屋に向かって下る

昼食後は「平標山」に登りかえしてから「平標山の家」経由での下山とする。
だいぶ気温が上昇してきた事を感じながら、それでも快適な
森林帯の急な階段状の登山道を終えると単調な林道歩きが待っていた。
やや靴ズレの兆候が出たものの14時には駐車場に無事に到着。
「街道の湯」で汗を流してから魚沼の里に戻った。

2012年07月19日

白馬大雪渓(1)

カナダのコロンビア氷河の末端に立ったことや
フランスのモン・ブランから連なる氷河を目の当たりにしたこともあった。
そして飯豊連峰の「石転沢雪渓」をスキー滑降したこともあったが
なぜか「白馬大雪渓」には足を踏み込む機会がなかった。

TVや山岳雑誌で夏になれば必ずといって良いほどその風景が映しだされる事が多い。
いずれ機会があればと思っていたが、夏になるとなぜか別の山域に足が向いてしまっていた。
だが今回はご一緒したS氏の希望と自分自身の長い間の空白を埋める山行になった。

梅雨明けを予測して「海の記念日」前後のスケジュールを検討し、
あえて連休の最終日に登山開始を決めたのが幸いした。
前日の午後に魚沼を発ち、白馬村のホテルにチェックインしたのが16:00、
それから夕食と翌日の食料を調達してから開放されたラウンジでミニ宴会をして好天を祈った。

翌16日の5:00過ぎにはホテルから八方バスターミナル付近の駐車場に移動、
車を停めて準備をしていたらタクシーが客引きをしていて擦り寄ってきた。
3人集まればバスと同等料金ということで単独行の男性とシェアすることに・・・
妙に人懐っこいドライバーでサービス満点、途中の何箇所かで停車して風景を説明。
ついには「ジビエ料理」の言葉が出たのには驚いたが、
よく熊や鹿の肉を食べているからか、さすがに信州に来たのだと思った。

猿倉の駐車場はすでに満車状態だったが、ほとんどの人が出発した後なのか
前日に登っているのか閑散としていたが、猿倉山荘の前には「山岳パトロール」の
メンバーが「登山届け」の記載を促している。
我々は事前に作成しておいたので、それを提出して内容をチェックしてもらう、
コースの経験を聞かれただけで記載事項はOK、無事にレジストを終了。

猿倉山荘から樹林帯を少し歩くとすぐに林道歩きが始まって
鑓温泉にむかう分岐を過ぎると眼前に大雪渓の入り口が見え始めてくる。
林道終点から沢筋をぐいぐいと歩くと「白馬尻小屋」に着いた。
そこは大雪渓から吹き降ろしてくる冷気が半袖・短パンの身に纏わりついた。

アイゼンを装着、アームウォーマーを腕に着けて出発、
はるか上部雪渓には先行者の姿がアリの列のように見える。
とにかく雪渓を舐めてくる下降気流が強烈で体を動かしていないと
低体温症になりそうなほどの体感気温である。
おかげで汗もかかずに体力も消耗しないから、ぐいぐいと高みを目指す。

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大雪渓の中間点から上部を臨む
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大雪渓の中間点から振り返る

途中で給水休憩をとったが休むとすぐに体が冷えるので
とにかく小雪渓の入り口まではと歩みを続けることに・・・
1回アイゼンを脱いで岩場歩きが始まったが、雪よりは歩きつらい。
小雪渓を終える頃には「白馬村営頂上宿舎」が見え始める。

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雪渓を終えると緑の領域が広がった

宿舎の下に広がるお花畑は何種類もの花達が咲き誇り
疲労困憊の山屋達を励ましてくれる。
宿舎前にて小休止をしていると「杓子岳」の姿がガスの中から時折見えてくる。
今夜の宿である「白馬山荘」の横長な大きな館もはるか上部に見えていた。

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ガスの中から現れた杓子岳

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ミヤマクワガタ?
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キバナシオガマ?
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ウルップ草

歩きつらい大きな岩片が敷きつめられた急登を終えると
「唐松岳」方面からの縦走路に飛び出して立山連峰や「白馬山荘」の姿がより鮮明になった。
 

2012年07月21日

白馬大雪渓(2)

従走路に飛び出した「大雪渓」からの分岐からは
すぐ間近に「白馬山荘」が見えるのに、歩き始めると疲れた体には遠く感じた。
チェックインはスムーズに終わり、事前予約がきいたのか
「剣岳ビューイング」が可能なNO19を割り当てられて誰も居ないフロアに潜入。
今まで泊まった山小屋との違いをしみじみと感じ、想像を絶する間取りとコンセプトに驚く。

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従走路分岐から見える白馬山荘

二畳毎にセパレートされた宿泊エリア、素泊まりと食事付きの差別化(宿泊エリアの)、
個室有りのセレブ対応(フロアが異なる)、驚いてしまいまう。
しばらく冷え切った体を癒す為に横になって布団を掛けてしばしのまどろみ。
余裕があれば「杓子岳」往復も本日の予定になっていたのだが
ガスが深く、気温も低いのであきらめてしまった。

自炊エリアで「反省会」兼「昼食」を摂る為に食料等をもって移動
自販機で缶ビールを買い、持参したつまみを肴にとりあえずの乾杯!!
その後はビールを飲みながら意見交換をして各自が持参した昼食を摂った。
それにしても寒い・・・・

小生の予想で15:00過ぎまでガスは晴れないことを確信して
割り当てエリアに布団を敷いて暖かな掛け布団をかけてお昼寝タイムになった。
さて予想どおりに16:00にはガスが晴れたので部屋飲みしていたワインとおつまみを
持参して野外のテーブルに移動、多くの宿泊客が見守る中で
待望の剣岳が雲の間から次第に姿を現す様をしっかりと確認した。

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剣岳遠謀

17:00からの夕食では予想を下回る数の宿泊客が同時に席についた。
ワンプレート+1皿のおかずの内容に眼をこらしながら期待の食事を楽しんだ。
夕食後はまだまだ明るくて、青空が広がってきたので
カメラと水をサブザックに入れて「白馬岳」山頂に向かうことにする。
山頂付近で夕日を待つ女性が幻想的な「ブロッケン」の出現を教えてくれた。

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ブロケン現象

太陽を背にガスが湧き上がる大雪渓側の空間に映し出される自分の影が
実に不思議で、今まで体験した中でも明瞭な映像が展開された。
幾枚もの写真を摂ったのちに山荘に戻り、睡魔の訪れを待った。

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白馬岳山頂から杓子、白馬鑓方面

2012年07月22日

白馬大雪渓(3)

未明に屋根をたたく雨音に気がついたのだが、
目覚めた4:00過ぎには濃いガスと強風に変わり、テンションが下がる。
周りの人たちも目覚めてザックをガサガサやり始め、
5:00の朝食時間にはすっかり準備を終えた宿泊客が列をなしていた。

今日は長袖のシャツを着ることにして、さらにラグ・ジャーを着込んだが
横殴りの風と冷気を含んだ霧、「白馬岳」山頂通過時は周りも見えず
体が飛ばされないように歩くのが精一杯だった。
「雪倉岳」との分岐を越える頃にようやく風が治まってきて
新潟県の最高峰である「小蓮華山」が見え始める。
この山域独特の岩が崩壊したガレ場歩きが続くのだが、
眼下に「白馬大池」が広がる頃になるとハイマツや高山植物が目立ってきた。

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小蓮華山を望む

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白馬大池遠謀

「白馬大池」では柔らかな陽射しのなかで珈琲タイム、
S氏の淹れる薫り高い珈琲に雪解けが遅くなっている風景を見ながら
花の北アルプス庭園を楽しんだ。

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久しぶりに見たコマクサ

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鮮やかなハクサンコザクラの色合い

さあ、後は栂池までどんどん下るだけなので荷物を再整理、靴紐を結び直した。
今のところ靴擦れの兆候が出ていないのは嬉しい。
「乗倉岳」を通過直後には噂をしていた「雷鳥」に出会ったり
直下の雪渓下りでは思わぬ緊張を強いられたりして(アイゼン未装着)
「天狗原」に到着する。

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人間を恐れない雷鳥

もうここまで来ると「栂池平」のビジターセンターが見え始めてくるのだが
強くなった陽射しが肌を刺して、数時間前まで寒さに震えていたのがウソの様だ。
ロープウェイ乗り口あたりでは観光客のほうが多くなって汗まみれの我々は肩身が狭い思いをしたが、
だいぶ鈍感力が強くなったのか下界を目指してキャビンに乗り継いだ。
「栂池高原」からは数分の待ち合わせでバスに乗ることができて
前日に車を停めた「八方スキー場」に向かって今回の山行のエンディングに向かう。

駐車場の隣にあった温泉施設で汗を流して着替え、魚沼への帰路についた。

平ケ岳荷揚げボッカ

鷹ノ巣にある「清四郎小屋」のご主人の依頼でまた「平ケ岳」荷揚げをすることになった。
今回は「台倉尾根コース」で荷物も多いので要員集めがポイントになる、
窓口になったY画伯と小生の友人で銀山平にて生業を続けているH氏、
それに昨今Y画伯と風のように山々を駆け巡っているH川氏の4人でやることになった。

個人スケジュールと草刈部隊のスケジュールを調整すると21日が最終リミット、
20日に仮眠する「清四郎小屋」に移動して翌未明から歩き始める予定を組んだ。
天候が心配されたが、晴れて暑いよりは小雨の涼しいほうがいいのではないかと
腹をくくって濡れることを前提に皆が着衣から個人装備を考えた。
Y画伯とH川氏は大好きなカメラをあえて持参せずに荷揚げに重点をおいた装備
小生はこっそりとコンデジをザックに忍ばせた。

夜半に雨音がしたが3:00に目覚めたときは雨が上がっていた。
荷揚げ品の仕分けをして用意して頂いた弁当を受け取ると
2台の軽トラに分乗して林道終点まで入り込んだ。
雨があがったものの登山道に倒れ込んだ濡れた草木が衣類をぬらし
先頭を歩くH川氏はすぐに全身ずぶ濡れになった。

風のように歩くY師匠とH川氏はすでに視界から消え、
重い荷物を背負子に括り付けて爺さん2人はゆっくりと歩みを進める。
なんとか下台倉に着いて朝食のおにぎりをほおばる。
時間はすでに7:00になっていたが疲労感はなく、残り1時間を想定して
尾根歩きに突入したが、この距離もけっこう大変な長さを感じる。

台倉山を過ぎると登山道は森林帯にむかってやや下り始めるわけだが
もうすぐ目標地点である「台倉清水」が近く感じてきた。
視界が広がった広場に「台倉清水」の道標を見つけたときはほっとした。
先行した2人の姿はなく、荷物だけがデポしてあった。

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マイズルソウ(台倉清水付近)

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ユキザサ(台倉清水付近)

ブルーシートに荷物を包んでロープで結び、熊や心無い登山者に荒らされないよう祈って
なるべく目立たぬ場所にと思ったが、心配しすぎかな・・・
軽くなった背負子に個人装備の入ったザックを括り付け、カメラを出してから
下山に取り掛かった。
続々と登ってくる登山者にクロスしたが、こんな厳しい山に登ってくるのだから
百名山という事の事実と奇岩のひとつにされている玉子石のおかげだろうか?

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平ケ岳遠望

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コメツツジ

途中で何箇所か「平ケ岳」山頂を見ることのできる場所があるのだが
山頂付近はガスがかかっている様子が窺われる。
いずれは先行した2人に追いつかれる事を想定してのんびりと下る。
案の定、台倉尾根の途中で休憩中に追いつかれた。
すでに下界の風景が明確に確認できりるようになった頃に雨が降り出すが
もう濡れることには慣れた、悠然と下って全身ずぶ濡れに・・・・
1台だけ残した軽トラの荷台に乗って「清四郎小屋」にもどった。
乾いた衣類に着替えた頃に奥さんの打った見事な「お蕎麦」をごちそうになる。
昨夜の「ぶっかけ蕎麦」といい、今日のザル蕎麦といい美味い!!

一仕事終えたあとに災害復旧工事中の湖畔をめぐって帰るドライバーはご苦労さまであるが
カーブの度に眠気から醒めて小一時間ほどで銀山平についた。

2012年07月31日

真夏の食卓

やはり「地球温暖化」の影響だろうか、地球規模で旱魃が起きている。
大陸に雨が降る条件は厳しいが海に囲まれた日本列島は比較的に
地域的ではあるが雨が降りやすいと思っていた。
しかし昨夕も夕立を期待していたがパラパラ降っただけでまとまった雨にはならない。
魚野川に流れ込む支流の川の水が少なくなってきているという。
天水に頼っている中山間地の水田は大変だ。
山間地で育てられている野菜類も大打撃だろう。
大豆と玉蜀黍の生産が滞るとそれを飼料とする家畜の生産が滞り
植物油も値上がりし、大きな食物連鎖のうねりが世界中を襲う。

電気だけではなく食料も節約(飽食から清貧へ)せねばなるまい。
一度、贅沢を味わうとそのハードルを下げることは難しいらしいが
もともと清貧な食生活をしている我が家ではそのハードルは自由自在だ。
雪解けの春から初夏は山菜が食卓を飾っているし
初夏から盛夏には地物野菜が豊富で、頂き物も多い。
野菜、野菜、野菜、たまに肉と魚といった食材も加齢した体には丁度良い。

北海道出身の知り合いから「昆布」と「スルメ」を沢山頂いたのが年明け早々、
所謂「松前漬け」を作るのが目的だったがスルメの足だけ残った。
このスルメの足が優れもので「茄子」や「蒟蒻」と相性が良いのである。
30年以上も前に「辻嘉一」(割烹、辻留創業者)の「料理のお手本」を
読んだ折にそのレシピが載っていた記憶があった。
以来、茄子が多く手に入ったときには冬の間に溜めておいたスルメの足と調理する。
水からスルメの足と茄子の丸ごとを炊き上げて味付けは日本酒と醤油のみ。
高級料亭では「干し海老」を使うらしいが、庶民はスルメの足で十分だ。

「茄子のゲソ煮」を冷蔵庫で冷やして生姜の千切りをトッピングにして一品、
採れたての胡瓜を糠味噌に突っ込んであったものを出して
同じ糠床に入れてあった新生姜やオクラなども添える。
それに冷奴などあれば十分な夕餉のおかずである。

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