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2011年08月 アーカイブ

2011年08月01日

絶海の孤島「青ヶ島」訪問

近くて遠い島、「青ヶ島」に仕事で出かけてきた。
羽田から八丈島まではANAで40分弱の飛行、八丈島から「青ヶ島」までは
ヘリ(搭乗人数9人)が1便と「還住丸」という小さな連絡船が1便あるのみ。
ヘリは20分ほどの飛行時間だが有視界飛行の為「霧」があると欠航、
船は2時間半ほどの航海時間だが波が高ければ欠航する。
したがって天候が悪いと八丈島からヘリは飛ばず船も出港しない。
「青ヶ島」には漁船が数隻あるが海が荒れていたら陸に揚げたままである。  
過去には1ケ月ほどヘリも船も島にたどりつけずに食料が絶えて
自衛隊の航空機から食料を降下したこともあったとの事。

さて当日は7時に羽田で船が出航することを電話で確認してから八丈島まで飛ぶ、
(そうしないと八丈島で一泊するしかないのである)
羽田から八丈島までは新聞を全部読む前に到着してしまった。
ヘリは予約できていないので空港からすぐにタクシーで港へ・・・
乗客は10人未満だが、我らは揺れの少ない船底の客室へ移動、
酔い止めの薬は用意していないのでひたすら眠る体制にもってゆくことにした。
横になってすぐに眠ったのでほとんど酔わずに「青ヶ島」に到着したのだが
立ち上がるとめまいがして体が揺れている感じがする。
さらに船が上下に揺れている状態で桟橋と船の高さ、距離がジャストタイミング
を狙って飛び移るのがルールで、小生は約30cmほどの間を飛んで「青ヶ島」に上陸。
迎えの車に乗り込むまでに体を整えるため、まだ体は揺れている感覚を押さえ込み、
船旅に慣れない人達はひたすら深呼吸、ため息、寡黙・・・・。

20110728_aogashima1.JPG
八丈島を出航前の還住丸

港は小さくて、船が到着する度に消防、コンテナの揚げ降ろし用のクレーン車、
送迎用の車が集まってくるが、作業が終わると瞬く間に高い場所に移動してしまうし
「還住丸」はすぐに帰りの客を乗せて離岸した。
隣の桟橋ではかなり高い場所に揚げてある漁船を海との移動に空中を舞う、
大型のワイヤーケーブルと吊り上げ機が用意されていて、丁度海に戻る時だった。
なんとも荒れた海に対応する苦労のものすごさを想像した。

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青ヶ島の船はケーブルで吊り上げて保管する

結局、当日はヘリは飛ばずに船しかなかったらしく客は我らのみで
民宿に荷物を置いてから用意された昼食を食べる。
島には170人ほどの住民しか住んでいないから、食堂などはないし
宿で3食たべるしかないとの事。
3時すぎから与えられた仕事をしたのだが設定にトラブルが発生して
翌日に作業がずれ込むことに。(なにしろ夕方以降は仕事ができない事情が)

20110728_aogashima5.JPG
乗船予約の館前にあった島の案内看板

夜は民宿で大いにビールなどを飲んでから所謂「青酎」を頂く。
宿の親父が作っている「青ヶ島焼酎」を瓶から一升瓶に移して
テーブルに置いたら皆が勝手にロックで飲み始めた。
ラベルを貼って4合壜に詰めれば製品だが、瓶から出したばかりであれば
かなり安い飲み物になるのだという、(「青酎」は高価な貴重品だ。)
同じイモでも九州の「イモ焼酎」とはかなり異なる風味があってクセになりそう・・・

さて翌日は朝からガスが濃くて皆で「また今日もヘリは飛ばないかな」と話す。
10時にはガスがとれて青空が見えてきたが風は強い。
ビルの小さなペントハウスで作業するも小生は狭さと暑さに悩まされたが、
それよりも新たなトラブルに頭を悩まして一日中パソコンとにらめっこ。
結局解決せずに、また翌日の午前中をリミットに延長してもらう。
それでも終わらなかったら他の4人は帰って、小生だけが残ることになるのだが・・・

その夜はさすがにビールも青酎もグラスが進まずに部屋に戻って
緊急対応プログラムを作りはじめた。
寝苦しい夜をむかえたうえにプレッシャーの重圧を久しぶりに味わう・・・
風は強くて気温も25度以下なのだが湿度が高くて体がベトベトするし
蚊が部屋に入り込んで刺しまくってくる、けっこう最悪な気分。

一夜明けて1人で憂鬱にペントハウスに向かって作業を始めたが、
腕時計を気にしながらの作業で、ストレスは最高潮に・・・
うっすらと明かりが見え始めたのが10:30、残り1時間で最終確認作業と
後片付けの手仕舞いをしてから皆が待つ宿へ・・・

皆は今日も結局ヘリが飛ばずに午後一番の船便になっていたので
一緒に帰れることで、まずは一安心した。
宿の親父は「今日もベタ凪だ」というが1.5mの波は凪なのだという。
船は時間通りに到着して、またまた船底の客室へ
昨夜の睡眠不足のおかげでぐっすりと眠ったので
往路に比べても揺れをそれほど感じずに八丈島に到着した。

帰りの羽田までの飛行機はヘリが飛ばない時点で変更してあったが
最終便は満席で調整班の2名はキャンセル待ちしかない、
乗れなければ翌日の船便で10時間かけて帰るか
ひたすら3便しかない飛行機のキャンセル待ちをするしかないから大きな違い。
タクシーから降りると速攻でチェックインカウンターにてキャンセル待ちのレジスト、
なんとか待ち行列の1番にエントリーしたのが幸いしたのか
予約客の搭乗手続き終了間際に搭乗が可能になった、ラッキー。

わずか40分ほどの飛行時間で羽田に降り立って本土の土を踏んだ、
なんとも慌しい旅だが、仕事だからしょうがない。
その足で魚沼に帰りつくべく大水害後の魚沼の里に向かうことに・・・・

2011年08月02日

「青ヶ島」の印象

江戸時代には流刑の島であった「八丈島」は「鳥も通わぬ・・・」とまで云われ、
じゃあそこからまた南下した「青ヶ島」はどうなのか・・・
島全体が岸壁によって遮断され要塞で、船着場は1ケ所のみである。
その場所さえ最適な所を選んだのだろうがかなり無理して作った場所にみえるし
はるか上の岩肌が崩落している様がわかる。
船着場の低い位置に建物は無く、
20mほど上に頑強な待合室があって落石と高波から守っている。

これだけ海に囲まれて小さな島だと「塩害」の影響も大きいだろう。
鉄分を含んだ機材は数年でボロボロになるらしく大変だ。
気温が低くても海からの風は湿気と塩を含んでいてベタベタするくらいだから
電気製品なども劣化が早いだろうな・・・・。

港から集落へは狭い道路をクネクネと曲がりながら高度を稼いでゆく
最初の人家は役場付近の小生が泊まった民宿だと思う。
植生は南国的で、常緑樹または照葉樹林が多く、切り通しの法面にはヤシの木らしいのが
植えてあるのにはさすがに南国と驚いた。

特産でもある「明日葉」などは庭などに生えていてその茎の太さは
昔、魚沼で育てたそれの数倍はある、多分年中生育しているとあの太さになるのか。
水は天水を利用したものらしいが、思った以上に制約なく風呂も洗面所も豊富な水だ出た。
ちなみにトイレは水洗であった。
でもさすがに生水では飲まなかった。

「青酎」は有名らしく焼酎用の「サツマイモ」が畑で多く作られているという。
九州の焼酎と異なるのは多分、麹が違うのではないかとの話だが
製造元の親父は仔細は教えてくれなかった。

ヘリポートまでは足を運ばなかったが、役場から徒歩で15分ほどの高台にあって
その離着陸には警察官と消防関係者が立ち会うようだ、
恐らく、万が一の事故等を考慮した配備かと思われる。
新潟の粟島は夏の観光シーズン以外は交番に人は居ないのだが
「青ヶ島」にはパトーカーもある立派な駐在所があるから、さすがに東京都。

もともとが火山島であって、その地熱を利用した「塩」も特産品のひとつ
天日ではなく地熱で水分を飛ばしてつくった塩は結晶が大きくて
野菜や天麩羅などにパラパラ振りかけたら美味しそう。
これはお土産に買ってきた。

そうそう地熱か蒸気かわからないが天然の「サウナ」があるらしく
村の村内放送が案内をしていた。
これも時間があれば体験したかった・・・・。

物品を販売する雑貨店が1軒あるが、飲み屋は2軒あるらしい。
(実際には仕事に忙殺されて島内見物は一切しなかった・・・)
2晩とも同行のメンバーは夕食後に出かけたが印象は聞けずじまいに終わった。

宿の親父は元村長をやっていた人らしく、それなりに能弁であったが
他の人はほとんどが寡黙で無愛想。
役場の職員は恐らく東京都で募集されて赴任してきた若者達が多そうだった。

食べ物は離島だけあって新鮮なものは「海の幸」だけ、
2晩とも刺身が食卓にのぼって、あとは冷凍食品かな。
野菜の類も制約されているのだろう、毎食一品のみ登場。

2011年08月08日

真夏の大力山

S氏の朝の予定消化を待ってから恒例の里山詣である。
いささか気温が高いので途中で水分補給タイムを設けての登りであったが、
9:00を過ぎた太陽の強さは半端ではなくジリジリと肌を焦がす。

休憩舎にたどり着くとさすがに暑さでバテバテ、しばしの間ベンチの上に
横になって呼吸を整える。
今回はグレープ・フルーツジュースを凍らせて保冷バックに入れ、
麦茶、パイナップルなども一緒に詰め込んでいったので
休憩舎での「ティータイム」はやや豪華なメニュー。

先日の豪雨で登山道はきれいになっていた、
登山道は水が集まって丁度、川のようになってしまい
枯れ草や枯れ木がだいぶ流されたようだ。
下山途中で薫り高い「クロモジ」の葉をちぎったりしたが
「ナツハゼ」がだいぶ色づいてきているのに気が付く。
確かに暦は進んでいる。

20110806_dairiki1.JPG
色づき始めたナツハゼ

公私とも多忙で北アルプス行きは「風前の灯火」
涼しい三千メートル級の山稜を歩きたい・・・・
それにしても魚野川の河川敷が遠目にもだいぶ痛んで見える。

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河川敷の緑がドロで・・・

2011年08月26日

絶不調・・・・

公私とも多難で、気力・体力に限界が見えてきて絶不調。
何事も自分の能力を越えるようなことをやると生じる現象なわけで、
今までの長い人生で幾度も経験しているのになぜか学習が足りない・・・・・

猛暑が終わったら雨が続いて「大力山」にも足をむける事ができず、
ストレスは溜まるばかりでビールも美味く感じないことは確かにおかしい。

昨日から始まった「小出まつり」もあいにくの雨で今夜の花火はどうなるのか・・・
毎年、天候には恵まれない「花火」だから半分あきらめているが
花火を見ながら一杯やれば元気がでるかな?
それとも明日は雨さえ降らなかったら大力山へ汗を流しにゆけば
いくらか気分転換になるだろうか・・・・

棚卸をしたら手帳の1ページ分ほど累積した残作業があって
自分の力だけではできない事柄が多いのがストレスが溜まる原因である。
常に頭の中にいくつもの案件が渦巻いていて落ち着かないことが
この不安な精神状態を作っているのだろうと自己分析。

この鬱な状況をなんとか脱せねば・・・

悲しい出来事・・・

先週の土曜日に玄関先で異様な光景に出くわした、
なんとツバメの幼鳥が「クモの巣」に引っかかってもがいているのだ。
そんなバカなと思って取り外してあげたけども羽にベッタリと糸が絡んでいて
なかなかきれいにならない。
この状態では飛べるわけはなく、ピンセットで細かいところまで取り外して
しばらく軒下の薪の上に置いておいて見守ることに・・・
親鳥の鳴き声がしたようだが、やがて去っていった。

やがて羽繕いのしぐさや羽を羽ばたいていたがうまくゆかないらしく
水でも飲むかと用意したけど飲む気も見せずに体力を消耗させている。
暖かなタオルに包んであげようとしたが気温も高いし、そのままに・・・

所用があったので出かけて、外出から帰ったら冷たくなっていた。
幾度も迷い込んだり、窓に衝突したり、飛行に失敗した鳥を保護したが
死んだのは初めてで、少しばかりショック。
裏の畑のスミに穴を掘って埋葬。
10年ほど前に冬眠に失敗して傷ついた「ヤマネ」を保護したものの
失血して死んだのを埋葬した場所と同じところである。
生あるものはやがて土に帰ってゆくのだ、合掌。

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衰弱した幼鳥

2011年08月29日

蝮採り名人

久しぶりに2日連続の大力山詣、
土曜日は恒例のトレーニングでお互いに間隔が空いた
大力山訪問の穴を埋めようとS氏と雨上がりの蒸した登山道で汗をかいた。

途中で下ってくるご婦人グループとクロス、我らも早い時間のスタートだったが
もっと早い時間に登っている人たちが居たことに驚く。
すっぽりと濃い霧に覆われた大力山は湿度がたっぷりで汗がにじみ出てきて
かなり心肺機能に負担を感じながら休憩舎に到着、
休憩舎のテーブル、イスがガスのせいかしっとりと濡れている。
恒例の珈琲タイムで呼吸を整えた頃には下界もガスが晴れて見渡せた。

下りではS氏が何時もの場所でマムシを発見するも写真を撮る前に逃げられた。
前日にR太郎氏から守門で採取したマムシが届けられた話をしていた後だったので
その夜の宴会で話題はもっぱら「蝮談義」、結局翌日は再度大力山に「蝮採取」ツアー

R太郎氏はゴム長と採取用の棒を持って準備してきた。
先頭はS氏、そして小生、しんがりはR太郎氏で登り始めたが
水道山との分岐を過ぎてまもなくR太郎氏が左側のヤブから最初の一匹を
登山道に追い出してきてゴム長で頭を抑えて袋へ放り込む。
名人のお手並みにS氏と小生は見とれるだけ。

20110828_dairiki1.JPG
休憩舎の付近で採取

休憩舎で珈琲を沸かしている間に次なる一匹、そして帰りぎわにもう一匹
合計3匹が麻袋の中に入れられた。
いずれもまるまると太った見事な蝮をいとも簡単にY字型になった棒の先端で
頭を抑えておいてから首の下を親指と人差し指でつまんで袋に放り込む。
マムシの体を傷つけずに安全に採取する技術はほれぼれする。

20110828_dairiki2.JPG
最も元気が良かった赤い蝮

さて今我が家には4匹のマムシが一升瓶や広口壜(大きくて一升瓶に入らなかった)の中で
体内浄化をするために1ケ月ほど静養中だ。
最後に採取したやや赤い蝮は近づくと大きな口を開けて威嚇して壜のなかで暴れだす。
あまり良い気分ではないが、当分は水の交換の為に顔を合わせるわけで
観察を続けねばならない。

大力山まむし捕獲動画

登山道にて


山頂にて

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