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2011年03月 アーカイブ

2011年03月03日

ひな祭り寒波

どうも小生が出稼ぎ出ると思わぬ降雪になる傾向があるらしい。
月曜日に小雪のなか魚沼を午後に出発したら
トンネルを抜けて関東圏に出た県境付近も降雪が続いていたし
東京の街にも霙が降っていた、不思議な天気だ。

その夜は親しくしている山の友と神田・三州屋にて痛飲、
「銀ムツのアラ煮」「鳥豆腐」「蟹サラダ」「ひな祭り」を記念して「ハマグリ塩焼き」
懐かしい皿がテーブルに並んで「白鶴」の熱燗も美味い!!
2軒目は恒例のスタンドバーに向かったが当該地域が再開発で店はなくなっていた、
それでも呑み助は鼻をピクピクさせて捜すもので同じようなショットバーを探して
もぐり込んでみてワンショット500円のいろんな酒精を胃袋に納める。

翌日は実に真面目に仕事をしたあとに「打ち上げ」と称してまたまた飲み会、
ほとんどが初対面の人たちと山の話や若いときのホロ苦い経験などを肴に
大いに盛り上がってしまった。
どうも上京して仕事をすると夜は飲み会になってしまう。
まあ、本人がそれを望んでいるからそんな形になってしまうのだが・・・

3月2日は相当な雪になるかと心配していたが、なんとか帰り着いて
一夜明けたらけっこうな雪で久しぶりに車庫前をスノーダンプで雪かき、
まだまだ雪は降り続いていて明日も一日降雪のようだ。
デスクワークには絶好のチャンスかもしれない。

2011年03月05日

雪の夜は・・・

雪は降り止まずに気温も低い・・・
こんな夜は風呂上りのビールもいいのだが熱燗の日本酒も良い。
家人は旅に出ていて、自分の好きな物を肴にやる独り酒、
ニュース以外はあまりTVも観ないので静かな時間帯である。

肴は「牛スジ大根」「チャンジャ」「タクアン」「ヒラタケ佃煮」「ワサビの茎・醤油漬け」
「チャンジャ」以外はすべて自らが調理したものなわけで自分好みの味付け、
やや塩分が多いのだろうが量は食べないからまずは安心。
20110305_wasabi.JPG
ワサビの茎は花を付けていたから一輪挿しに・・・

上京の折に西武デパートの食品売り場で購入した「kiriのクリームチーズ」、
いつも買っているboursinのクリームチーズ(ガーリック&ハーブ)と同じように
(ハーブ&ガーリック)なのでさっそくチョイ焼きのバケットに塗って食べた。
安い分、やはりブルサンには負けるが何事も味見が大切・・・・
ワインはグラスに2杯で止めた。

20110305_boursin.JPG
クリーム・チーズ2種

2011年03月06日

運動不足解消

昨日の午後から持ち直した天候に期待したが
朝食を終えた頃には薄い雲がかかってきてしまった。
S氏とは昨日中に約束してあったので大力山詣での準備を始め、
携帯メールで出発時間を打ち合わせをしたのだが返事が無いので独りで出発。

駐車場にはすでに2台の車が停まっていた。
2日間降り続いた雪をラッセルして歩いた足跡がハッキリとあるのだが
いかにも危うくスノーシューを履くことにした。
神社にてウールの帽子からタオルへ、上着を脱いで体温調整、
太陽が隠れてうすら寒い空気だが、流れる汗はいつもどおりのことである。
今までと異なるコースにトレースが付いていてそれを辿り始め、
最後の急斜面の下にきた頃に呼び声がするから振り返ったら
S氏がストックを振っている、やはり遅れてのスタートだったのだ。

今日のコースはほとんど緩い斜面をトレースしてあるので
それに歩幅をあわせてゆっくりと歩いてしまった。
休憩舎には先行した3名のうち男女2人連れが休憩していて話をしてみたら
男性は以前にHSSCの宴会参加中に休憩舎を掘り起こしていた人だった。

彼等が出発した後にS氏が到着、恒例の珈琲タイムを
雪に埋もれた休憩舎の中でとったのだが風の影響がないので
多少は暖かく感じたのが不思議だ。(それでも体感温度は4、5度)

20110306_yama1.JPG
休憩舎の中から出入り口

後続の人たちが休憩舎の前に集まってきたので早めに出発する事にして
休憩舎から這い出したらここで良くお会いする女性がお二人と男性が二名、
しばし雑談を交わしてからわざとトレースを外して下り始めた。
スノーシューでの下りの場合はそのほうが歩きやすく豪快でもある。

20110306_yama2.JPG
フリー下降の後ろを振り返ったら・・・

2011年03月10日

めまぐるしい季節

三寒四温 とはまさにこの数日の事か・・・・
昨日は雪の予報であるていど覚悟していたら午前中に太陽が出て
あまりに気温が上昇してきたので「薪ストーブ」に薪を入れるのを忘れてしまった。

夕方には再び曇ってきたのでストーブを覗いたら熾き火が少しだけ残っていて
だいぶストーブ自体が冷えていたので懸念されていた「コンバスター」を見ることにした。
この豪雪でかなり燃やしたせいか2月の月初から燃えが悪くなってきたので
この2年ほど掃除をしていなかった2次燃焼をサポートする触媒(コンバスター)を
見てみたら灰が溜まって目が詰まっていたので応急処置として軽く掃除するが、
今シーズン終了後に交換となるか・・・

夕食時に再びストーブに薪をほうり込んで燃焼テスト、
正常時に比べたら8割ほどの性能で燃え始めたからまずは安心。
薪が燃えて発生する煙(不活性ガスを含む)を強制的に燃焼するわけで
発生する熱量もさることながら余分なCO2排出にブレーキをかけている。

今朝は昨夕から降り積もった雪が20cmほど、
8:30現在は降っていた雪が止んでかすかに青空が見えてきた。
こんなインターバルを繰り返して本格的な春が訪れてくる

2011年03月11日

悪夢の再来

岩手に住む姉と電話で話している時に受話器のむこうで
「大きな地震よ!」との声、しばらくしてこちらでも揺れてきた。
周期の長い横揺れで、直下型でないからあまり恐れはなかったものの
「中越大震災」を思い出して心身は身構えた。

姉とは「切るよ」との一声で受話器を置いたが、その後は不通。
震源地が海上であるから「津波」の被害が想像以上の大きさ、
太平洋側の地域では内陸も海岸沿いもダメージが大きいらしい。

政府も政権与党も野党も国会でネガティブ・キャンペーンばかりしていないで
この緊急事態に対応してほしいものだ。
この冬型の天候のなか、被災者のみなさんは大変だろうが
耐えて生活再建や正常生活に戻ってほしい。

2011年03月12日

関連なし?長野県北部地震・・・

寝苦しい夜、珍しく2:30にトイレに起きてウトウトしていたら
かすかな揺れを感じてその後にガツンときた。
すぐにTVの電源を入れたら震源は津南町に隣接する長野県の栄村、
どおりで大きな縦揺れだったわけだ。

停電はしていなかったが、ヘッドランプとラジオを身につけ
ザックには新たに水とガスボンベを入れた。
車からヘルメットを取り出し防寒衣もサブザックへ・・・・
冬の未明に、それも豪雪時に地震だなんて最悪である。

ニュースは一晩中やっていたようで明確になりつつある被害の様子を
繰り返し流していたが、時折「中越地方」の地震速報が入る。
どおりで南魚沼や湯沢はそれなりに震度も強いものの魚沼はそれほどでもないが
昨日の今日だからアドレナリンが湧き上がってくる。
驚いたことに地震の後、何時もの時間に新たに積もった雪を除雪車が出動して除雪している、
ライフラインの現業部門はがんばっているな・・・・。
明るくなってきて気がついたがこの地震で心配される雪崩は
この新雪分が全層雪崩として起きる可能性が大きいだろうと思う。

朝食後にセルフGASスタンドへ灯油と車の給油をしに行ったらどちらも行列ができていた、
やはり前回の中越地震の経験から事前準備の為だろうか・・・・・。
まだまだ緊張して余震に備えたい。

2011年03月16日

この難局を乗り切って・・・

地震前からのスケジュールが決まっていたので上京、
日曜日の往路は順調であったが、噂どおりスーパーやコンビニで
パン、カップ麺、電池のたぐいが品切れ、GSスタンドは行列が長い。

月曜日は東京電力管内の地域は「計画停電」の報道がされてから
交通機関はほぼ運休で小岩から動けなかったのだが
火曜日は4:00に起きてニュースにて交通機関の7割稼動を確認して
6:30過ぎにJR小岩駅にむかったものの駅に着いたら
すでにかなりの人数がホームに居て早朝から大混雑、
結局3台の電車を見送ってなんとか秋葉原経由で山手線の目黒駅へと移動した。
会社では同じように早めに出勤した人たちが居たのだが長居はせずに
その後は目黒から横浜へ移動してなんとか仕事を終える。

都市機能はかろうじて動いていたが節電意識が働いていて
事務所の電気やエスカレーター、エレバーターの類は半稼動、
飲食店は開いていて食事はできたものの
食料品店やデーパート、スーパーの特定商品は
買いだめなのか、品不足なのか棚がガラガラ状態であった。

ニュースが伝えるあまりの被災者の多さと所在不明者の多さに驚き、
やや冬型になりつつある天候のなか魚沼への帰途に就いたが
被災者への鎮魂と原発の事故への憂いに心は重い。
せめて暖かい食事と寝場所が提供できたらと思うのだが・・・・

最後に亡くなられた方へ合掌

2011年03月21日

涙もろくなったのかな・・・

TVを観れば必ず東北関東大震災の被災地が映り
避難者への無遠慮な問いかけをする民放のレポートに腹が立つ一方
そんな中で客観的な事実だけを報道している番組では
協力し合い生き抜いている姿や放心している被災者の姿を
淡々と映しているから自然と涙が流れてくる。

自分が体験した幾度もの地震でもあれほどの被害はなかったし
当事はなぜか精神的な高揚があったのだろう、
震源地近くの知り合いの所へお見舞いに出かける行動力もあったが
今回はTVで伝えられる映像にただオロオロするだけである。
だが、峠を越えた隣の県では未曾有の被害に
幾多の人たちが不安と不便さに耐え、
計り知れない失望感に打ちひしがれている姿を見るに
今度は同じ日本人として何をすべきか、何ができるのか・・・・

さて他方、一丸とならねばならない国会議員の事であるが、
野党の国会議員や与党でも政府への反対派の議員は
高みの見物なのか、政局にしか興味がないのか声が聞こえない。
ぬくぬくとした議員会館や議員宿舎に籠もっていないで
街頭にで出て義援金集めでもして汗をかいてほしい。

また国会担当の記者も官房長官の揚げ足取りをしたり
重箱のスミをほじくるような質問ばかりしないで
国政を預かるその他の国会議員の現在の姿を追ってほしい。

2011年03月27日

まだ続く「なごり雪」

テラスに積み上げた「薪」がついに無くなったので
階下のヤードから1週間分ほどを運び上げて「なごり雪」に対応した。
被災地の方々のことを思うと薪ストーブで暖がとれる事のありがたさを
痛感するとともになにやら申し訳ないような・・・・

1昨日あたりから続く降雪が東北では避難生活の不便さに追い討ちをかけていて
報道画面で見る薄っすらと雪に覆われた現地の映像は痛ましい、
早く暖かな季節が来て、復興の速度をあげてほしいのだが・・・

世界中から注目されている「冷静な日本人」「がまん強い東北人」
それに比較して「買いだめ」「買占め」の醜い利己主義が横行する都市部、
大規模の暴動や略奪はないものの「火事場泥棒」が大きなニュースにならないものの存在し
現地では放置されたコンビニや倉庫からいろんなものが盗まれているらしい。
被災者の逼迫した状況での行為であればある程度納得するが、
他地域から車で乗り付けての行為だと立派な犯罪だ。

新聞やTVで伝えられる大震災のニュースの片方で
経済活動は持続しなければ日本の経済は破綻するわけで
個人的には新年度に向かって新たなプロジェクトが始まるのだが
自分のできる事、それはささやかな献金と経済活動を続けることであると思う。

魚沼に桜が咲く頃にはもう少し状況が好転してほしい。
雪山を歩くという気持ちが高まってこない昨今である・・・・

2011年03月31日

桜の開花と春雷

1昨日、日帰り出張の東京から帰ってきたが
東京は汗ばむほどの陽射しのなかで「桜の開花」が発表された。
確かに車窓からは咲き始めた桜が見受けられたが
数年前に「花粉症」デビューした小生にとっては「暖かい春の気候」は悩み・・・。

事前に薬を飲んでマスクをしての上京だから症状は出なかったものの
桜が咲き始めた「お江戸」からとんぼ返りで2mの雪が残る魚沼に帰る
複雑な気持ちが夕闇が迫る駅の改札で心を覆ってきた。

相変わらず「おにぎり」や「水」は不足しているらしくコンビニでは姿が見られない、
すべて被災地に送られているのであれば多少の不便さは納得すべきで
照明を抑えたデパ地下で「お弁当」を買って車上の人になった。

今日は未明には薄明かりが射していたものの7時すぎに
雷鳴が轟き、数分間の停電を伴う「春の嵐」が魚沼の里を襲った。
今は霙が降り出してなにやら初冬のような・・・・

本格的な春がくる前兆ならばいいのだが。

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