« 2010年12月 | メイン | 2011年02月 »

2011年01月 アーカイブ

2011年01月01日

元旦登山

前からの約束どおりS氏と共に10時に自宅前を徒歩で出発、
昨夜からの積雪が20cmほどあってかなり歩きつらいが
元旦のせいか除雪車の出動が間に合わないようなので車道をはみ出し歩行。

途中で恒例のメンバーである理髪店オーナーであるS氏ご夫妻と同乗している
U野屋主人が車で我らを追い越していった。
Y画伯とは意思の疎通が悪くて駐車場にて連絡して後追いをしてもらうことにして
すでに先発のA氏ご夫妻はスタートしているので急ぎ皆で後を追う。

神社にてようやく追いついたがここからが雪が深くなるわけで
さっそく交代でラッセル歩行が始まる。
雪は重くて締まっているのでけっこう歩きやすいが急斜面では
その重い雪を崩してカンジキの下に踏みつける労働がきつい。
ようやく皆が「ブルトーザ」と呼ぶY画伯が追いついてきて先頭を交代、
期待どおりのハイペースでラッセルを始めた。
それから何度か先頭を交代してコースを選びトレースを刻む、
小生は計3回ほど先頭ラッセルをさせて頂き大いに汗をかいた。

今回は昨年よりも1時間短く2時間弱で休憩舎に到着する。
気温は思ったよりは高く、休憩舎で宴を張る頃にはテーブルで
火を付けたバーナーが3台と人間の熱気で時折、屋根の雪が落ちる。

先輩たちは慣れたものでザックから正月料理がどんどん出てビールや日本酒が並ぶ。
S氏と小生は珈琲オンリーの予定だったが差し入れのビールなどを頂き
美味しい料理も口にすることが出来た、毎度ながらごちそう様です。

20110101_yama2.JPG
宴のテーブル1

小生は他の用件もあったし、宴の途中で失礼することにして
また来年の元旦にお会いできることをお約束して下山にとりかかる。
あれほどまで苦労した登高のトレースを鼻歌まじりに辿って
気温が上昇してやや霞み始めた魚沼の里へと駆け下りた。
20110101_yama3.JPG
宴のテーブル2

2011年01月04日

初スキー

1月3日は予報でお日様マークが出ていたので
須原の小屋に来ている友人たちに会いにゆくのを兼ねて
スキーの用意をして出かけた。

前日に「屋根の雪下ろし」を主目的に出かけようと思っていたが
すでに終わったとの連絡を受けていたので気持ちはスキー滑走に向いていて
天候の回復が気になっていたからガスが晴れかけたタイミングを逃さずに
小屋の共同オーナーで久しぶりに須原を訪れた夫妻と何時もの山友N氏の4人で
ゲレンデへ向かうと平日扱いの1日券を購入。
なんと山頂駅付近で「キノコ採り師匠」のS井氏や
須原の小屋建設でお世話になったYノ内氏とお遭いしてしばしの歓談。

高原で数本の足慣らしをした後にアドベンチャーコースへ移動して
1時間ほど過ごすと時間は予定していた12:00にほど近い。
最後の1本を山頂駅からのダウンヒルを楽しんでから小屋までの
オフ・ピステをドタバタしながら滑り込んだ。

八王子で中華料理店を営む友が作ってくれたプロの味、
「特性タンメン」をごちそうになって小屋をあとにした。
まあ、シーズン最初のスキーとしてはこんなものかな・・・・

20110103_sk1.JPG
高原ゲレンデのリフトから

2011年01月05日

年始のスポーツ

なんと云っても「箱根駅伝」が歴史的にもドラマ性でもトップで
小生の知人の半数は2日、3日はTVクギ付けの方が多いし
箱根の宿を予約してまで駆けつける人も居る。
これは大学在学中の学生だけに許される出場だし予選会や前年度の10位までに
与えられる翌年度のシード権やら往路優勝、総合優勝など見所が多いせいもある。
まあこの数年は花の2区と山登りが目立って各校とも精鋭を送り込んでくるから
正月に相応しいスプーツだといえる。

高校サッカーと天皇杯サッカー、実業団ニューイヤー駅伝はそれなりのファンが多いから
正月の見所としてはチャンネル選択が難しかっただろうが
元旦は実業団ニューイヤー駅伝を見てしまった。
大学の駅伝と違って経験豊富なベテランと入社してから力を付けてきた若手などが
入り乱れて競争するのはこれも見ごたえがあって1、2位の差がほんの少しだったのも
勝敗の残酷さに高校時代に陸上部で駅伝、マラソンを経験した小生としては胸キュンだ。

この30年ほどは2日にある大学ラグビーの準決勝が恒例の楽しみ、
もちろんそれ以前の競合校が戦うリーグ戦や対抗戦も機会あれば観る。
同じフットボールでも英国ではサッカーと同じくらいファン層が厚く
昨今ではサッカーに押され気味であるけれどもどちらかといえば
ラグビーのほうが見ていて血が騒ぐ。

アメリカン・フットボールは米国が発祥のフットボールであるけれども
日本でも大学、企業、クラブチームが多くなった。
ちなみに今年のライスボールは社会人チームの圧倒的な勝利で
パスもランも冴え渡っていた。
作戦とフォーメーションの組み合わせが緻密でルールも合わせて
ファンになるには垣根が高い。
(それでも米国のプロリーグの試合はよく見るほうである)

そして本日、高校ラグビーの決勝進出校が決まった。
まあ、両校ともヘタな大学ラグビー部よりも血気盛んでよろしい。
体格もそのまま大学で通用するような・・・・
彼らが大学進学、または実業団のチームに入っていずれは日本代表として
世界のラガーマンと戦ってほしいものである。

2011年01月06日

寒の入り、そして七草

暦どおりの「小寒」に相応しい未明から降り始めた雪は降り止まないが
気温は思ったより高く、雪質も湿雪である。
それでも30cmほどの積雪に玄関先の除雪をして運動不足解消。

明日は七草ということでスーパーにてセットの野菜を買う。
このなかで認識できるものは半分ほどで残りは野外で見たら多分わからない・・・
明朝は土鍋で「おかゆ」を炊いてその中に七草を散らす、
正月料理で疲弊した胃袋をリフレッシュする為の優しい食品である。
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七種。

夕方になって雪は小康状態になり小生の仕事部屋から見える
公園の樹木に雪が纏わり付いている風情がなにやら妖しげなので
上着を羽織りカメラ片手に近くまで行って写してみたが
やはり実物のほうが妖しげで夜の公園もまた良いものだ。

20110106_hibiki1.JPG
公園の樹氷

20110106_hibiki2.JPG
裏山の夜景

2011年01月07日

氷点下の雪

目覚めると何時もよりは部屋の中に冷気を感じる。
薪ストーブの火力は一定だから外が相当冷えているのが想像できるわけで
朝の除雪作業がけっこう大変だなと思う。
昨夜のうちにスコップにWAXを塗っておいたからそれは良いとして
スノーダンプは消雪パイプから出る水に濡れた雪を処理すると
その雪がスノーダンプにこびり付いて再び凍ってしまう。
そこにまた軽い雪が吸着して全体が重くなりどうにもならなくなってしまう。

スノーダンプも昔は鉄製だけだったがプラスチック製のものが出来たり
アルミ製が出回ったりしたが強度や作業箇所によって使い分けないと
すぐに壊れてしまうから1家に数台のスノーダンプが必要になる。
因みに「屋根用」「新雪用」「硬雪用」など・・・

雪が無い地方に比べると「暖房費」「衣服費」「装備費」「設備費」など
余計な経費が必要になるから経済的には大変であるが
春にはそれに比例した自然からの恵みと風景が楽しめるし、
除雪時や雪山歩きで新雪と対峙したときに味わうピリピリした気分は
なんとも快いものである。

ずっと降り続いている雪のために2、3時間に一度は除雪作業をするわけで
運動不足の折、作業を始めるとすぐに汗ばんでくる、
作業後に飲む水やお茶の美味さは格別である。
さて雪が小降りになったからまた外業でもするか・・・・

2011年01月10日

怒涛の3連休・・・

さすがに寒の入りからの冷え方と降雪である。
例年に比べればインターバルが短いのだが今シーズン2回目の
屋根の雪下ろしを自宅と須原の小屋を連休最初の休日に行った。
自宅の屋根の雪は軽いせいもあって屋根から雪を落とす作業はそれなりに
スムーズに実行したものの、落とした雪の処理には手こずってしまう、
それでもなんとか午前中に終えて須原に移動した。

土曜日の未明と朝方に到着した都会からの若者たちが
ほとんど睡眠をとらずにスキーを楽しみ、ゲレンデから帰ってくるのと同時くらいに到着。
すでに須原の小屋の雪降ろし経験ではベテランのN島氏は一緒に屋根に登り
初心者とはいえ高いところが平気な新人のN君も登ってきた。
驚いたのは妙齢のご婦人であるJチャンも登ってくるではないか・・・・
一応N島氏と小生はセルフ・ビレイを取っているものの初心者はフリーなまま
屋根の先端を歩きながらスコップを使っていて驚いてしまう。
若さというのはすごいもので最後まで4人は屋根の上で作業したのである。

初日は小生は所用がるので一度自宅に帰ってから出直すことに、
翌日はかなりの悪天候のなかスキーの用意をして須原に向かった。
当日は夜の部の宴会にも参加予定があったのでビンテージ物の
「自ビール」を倉庫から選び出して数種類を持参する。
結局、スキーはN島氏と回数券を半分ほど消化しただけで早々に引き上げることに・・・・
(なにしろ降雪とガスで視界が悪くて楽しめないしゲレンデ・コンデションも最悪)

夜の宴会は「温泉」から帰ってくると今回の宴会担当Yシェフが材料仕入れから
仕込までを終えて待っていてくれる・・・(なんという幸せ)
須原で自らが厨房に立たなくて済むようになったのは嬉しいことで
最初からテーブルの腰をすえてビールを飲み始めた。
「自ビール」の品評をしながら皆で乾杯を繰り返す・・・・・
結局深夜2時まで宴は続き、両隣の「イビキ・歯軋り」のシャワーを浴びて
まんじりともしない朝を迎えた。
車は30cmの新雪に埋まっていたし、零下の気温はドアがなかなか開かないほど。
約束の8:00まで自宅に辿りつくように圧雪状態のR252を走る。

小千谷から来たH氏とはPCの修復を終えた後に大力山に
登る予定もあったがあまりの雪の多さに中止してしまった。
2人でのラッセルでは少々キツイから・・・・
雪は降り続き、3日間累積の積雪はすでに1mを超えてしまった。
また屋根に登るべきか・・・・

2011年01月11日

3回目の雪降ろし

天候が好転し始めたのが午後、時折青空が見えたり
凍結していた道路が解凍してゆくほどの気温の上昇(多分2、3℃程度)してきたので
屋根に上がる決心をして準備をした。

ザイルはたまたま前回の雪降ろしの時のままだったので
屋根に積もった雪の中から先端を探してビレイ。
雪は想像以上に軽くて作業はわずか30分で降ろし終わるが
汗はけっこう吹き出てしまい、シャツはぐっしょりと濡れてしまうし、
今シーズンから使い始めた雪用ゴム手袋もやはり内側が蒸れて濡れてしまう。
昨年までは大き目の農作業ゴム手袋の中に薄い木綿の手袋を着用して
ダブルで使っていたのだがやはり汗で濡れて不快だったけれども
なかなか良い方法が見るからずに苦労している。

20110111_yane.JPG
屋根の上

2011年01月17日

寒気と上京

どうもこの時期に上京すると同期をとるように寒気団が列島を襲う。
13日の午後に移動するときからさらさらの粉雪が降っていたが
気温が低いだけで降雪量はさほどでは無いと予想して上京。

その夜は旧い友と会う予定をしており、神田駅に向かう、
20代の前半から新潟に越すまで通いつめた「三州屋」で一献傾ける予定であった。
まずは山友でもあるN氏と改札口で合流、後に須原の小屋のオーナーでもあるH氏が
これも会いたいと思ってなかなかチャンスの無かったN山氏を伴って現れたので
いつもの大きな店に行ったが満員で、本店と云われている小さな店にもぐり込む。

一気に話は30年前くらいにタイムスリップしてビール瓶が空き始める。
N山氏は相変わらずダンディで正しいトラッドを着込んでいるのだ、
ボタンダウンのストライプのシャツにレジメンのタイ、シューズはリーガル・・・
あの頃は2人でよくジャズを聴きにいったね、などと話しながら
乗鞍岳への夏スキー行、鳥海山への春スキーと話題は広がり、想いはかなたへ。

遠方から通勤しているH氏は先に帰り、N氏とN山氏には遅くまで付き合っていただいた。
すっかり田舎の爺になった小生はほろ酔いムードで小岩へ・・・

さて翌日は実にまじめに仕事を2件ほど終えて夜は年末から会うチャンスを探していた
出向中のK君を誘って会社の近くにある昨今ブームになっている「一律299円」の居酒屋へ
一品が一人前で量が少ないので皿数が増えて結局はそれなりの金額になってしまう。
それでも優秀な部下であるK君を激励して別れた。

3日目は若いときの「抒情詩・同人」の友人が詩集を出版したお祝いのパーティ。
久しぶりに新宿の副都心に出かけて懐かしい人たちと邂逅、
2次会は西口の「思い出横丁・キクヤ」へ・・・もちろん「煮込み」「ミックス焼きトン」
3次会はパーティに参加できなかった整体師をやっているT氏と会いに西日暮里で・・・

3夜を東京で過ごした後に魚沼に帰りついたらすごい寒気と雪が待っていた。
アルコール漬けだった体に渇を入れて汗をかくことにしよう。

2011年01月19日

降り止まぬ雪に・・・

「成人の日」の連休に手伝ってもらって下ろした須原の小屋の屋根、
まだ10日も過ぎていないのだが連日の降雪に心配になって準備をして出かけた。
今朝は拙宅のあたりの雪は湿雪であったが山間部は粉雪が舞っているし
見上げた屋根の雪は1.5mはありそうな感じで屋根に登りつく部分に雪庇が
張り出していて突破がけっこう大変そう、この数年ここまで溜めたことがないから
片手でスコップ、片手で鉄梯子を握ってなんとか人一人が立つ空間を確保。

20110119_suhara1.JPG
ようやく確保した屋根の一角

思った以上に雪が軽かったが量が多くて2時間の格闘。
2、3日前からTVのニュースで今シーズンの雪下ろしで亡くなった年齢層と人数を
発表していて「雪下ろし」の心構えもアナウンスしていた。
一人で作業するな!梯子はちゃんと固定しろ!屋根の縁付近は慎重に!
多少の雪は屋根に残して削ること!等・・・

屋根の雪下ろし暦は45年以上(実家では中学生の頃からやっていた)
須原の小屋は作った頃からせっせと通ってやっていたし、
自宅と平行してやり始めてからすでに10年以上経過しているが
沢登りで揃えたザイルとハーネス、カラビナを利用してセルフ・ビレイを
とっているからもしもスリップしても屋根の縁ギリギリで停まる調整をしてある。
そんな時は決してスリップしたりしないし、緊張して作業している事もあって
今までも事故の前兆すら感じたこともないがほんのちょっとの油断が命取り・・・

20110119_suhara2.JPG
1.5mの積雪には日別の層に分かれていた


明日は自宅の屋根の今シーズン4回目の「雪下ろし」を計画している。
長期予報では今月いっぱい寒気団が居座って大雪が降りやすい天気が続くらしく
できる時にやっておくのが一番良いのであって、老体にムチ打って屋根に登る。
できれば晴れていたら気分も良く作業効率も上昇するのだけどね・・・

町内の消雪パイプから降雪時に流れる地下水も涸れかけて
融雪溝もどきの農業用・用水路にもあまり水は流れなくなってしまった。
20日が大寒だからそれが過ぎるまでは耐えるしかないのだろうか・・・

2011年01月20日

家の裏にアルプス針峰群が・・・

今シーズン3度目のアルプス出現、それも一夜にして
鋭い尾根ができあがって見事な風景なのであるが、
屋根に届きそうなので排除作業にとりかかる。

週の初めから雪は降り止まずに、昨日からは粉雪がすごい勢いで降ってきたので
心配していたがついに裏も表も雪の山ができている。
このままだと数年前の大豪雪の量に達するかもしれない・・・

2011012yuki2.JPG
屋根に届くほどの自然落雪の結果・・・

2011年01月22日

今シーズン4回目の雪下ろし

訪ねてきた知り合いとの会話の中での挨拶に
「何回下ろした?」「すでに4回」「うちはまだ3回」
旧来の屋根や近隣との関係で自然落雪でない建屋ではどうしても
「雪下ろし」は必要な作業で、あまり溜めないうちに下ろすのが理想とされているが
4日に一度はやや多い回数であろう。

小生は須原の小屋も面倒をみている事もあるし、裏の屋根から落ちた雪の処理もあるから
この数週間は老体にムチ打って労働奉仕をしている。
筋肉痛はないけれども腰周りにやや違和感が出てきたので
だいぶ体にストレスが溜まってきたのかなと思っているが、
予報では「立春」すぎるまでは北極からの寒冷塊が日本に居座るらしいので
なんとか体をだましだましもたせるしかない。

週に一度の大力山詣でよりも体を酷使している感もあるのだが
つらいと思ってやると作業効率が悪いので極力楽しい作業と思いながら
雪の壁や山に向かうことにしている。
こう続くとタメ息がでるけれども・・・・

2011年01月24日

久しぶりに太陽が・・・

4時に目が覚め、月の明かりと星の姿が確認できた。
最近は2度寝の習性がないので新聞を取ってきて読み始める。
やがて何時もなら「除雪車」の音がする時間帯でもあるのだが、
今朝は珍しく積雪が無いので「除雪車」の出動はなく静かな夜明けだ。

6時すぎに八海山の山頂付近が朝日に染まり始める頃が一番気温が低くなるようで
早くも出勤する車のタイヤが凍てついた道路の雪を踏みつける音が「バリバリ」と
高い音を発てて朝の空気を震えさせていた。

9:00に太陽が顔を出したのでさっそく裏の屋根から落ちてできた雪山を崩す作業を行う。
それからベランダの除雪、そして数日ぶりに屋根に登ってみた、
前回残してあった分とその後に積もった30cmほどの新雪を下ろす事にした。
本日はシャツが2枚と頭に巻いたタオル2枚が汗でぐっしょり。
そしてなんというアクシデント・・・、愛用していたステンレスのスノーダンプのステーが折れた。
4シーズン目だからそれなりに金属疲労したのだろう、かなり硬い雪をゴリゴリやったし・・
予備の鉄製のスノーダンプは痛みが激しくて使い物にならず
ステンレス製は急遽、溶接の修理に出すことにして町場に出かけた。

帰りにホームセンターで新品で頑健なステンレス製を探したが、良いのが見つからない。
今シーズンはこんな雪だから使いやすいものは早く売れてしまったのだろうか、
明日にでも他の店を巡って探さねばまだ続くであろう豪雪に対応ができない。
今日はほとんど降雪もなく穏やかな一日だったが明日からはまた雪ダルママークが
ならんでいるから油断はできない。

20110124_asa.JPG
日の出前の八海山

2011年01月27日

to late to little

新潟県と魚沼市などがようやく「豪雪」に対する対策本部なるものを立ち上げた。
なにやら積雪量が「適用基準」を超えたからだと云う・・・
すでに雪は峠を越えつつあるし、「豪雪」の兆しがみえてから2週間が過ぎてしまった今頃に
「きめ細かい対応」などと言われても道路脇には処理できない雪が積みあがっているし
いろんな事故が起きているのが現実であるから、やや遅い対応である。

まだ体が自由になる小生などはいいけれども年配者だけの世帯で戸別住宅に
暮らしている人たちに対するサポートは公の役割としてもっと早くに対応すべきだろうが
日ごろから民間の除雪業者に丸投げの「除雪体制」ではうまくゆくわけがない。

何かあるたびに「危機管理」の対応に遅れをきたしているこの国では
政治家や公の組織がいつも言っている「安心」「安全」がスムーズにはいかない。
全国規模に拡散の恐れがある「鳥インフル」の事件もあるし、
お役所の優秀な職員の方たちはすでに対案を練っているであろうが
自らがスコップやスノーダンプを手に持ってトラブル現場に飛び出す情熱や熱い志が
あるのであろうか?

近隣に住む知り合いが未明から町内の道路や融雪が間に合わない場所に出かけ
奮闘している姿を見ているだけに歯がゆい思いがする。
「公共サービス」の「to late to little」を思い知った。

2011年01月29日

久々の記録越え

ついに須原の小屋の雪下ろしが6回目を迎えた。
あまり喜ばしくない記録であるが自宅の屋根を見てから
須原のほうがもっと積雪があると判断して出かけたら・・・・

まず裏の鉄梯子のある場所に登るのに10分間の道作りから始まって
屋根のオーバーハングしている雪庇を落とすのにアクロバティックな形での作業、
ようやく屋根の片隅に1m幅の通路を作ったまでで30分が経過している。

20110128_suhara3.JPG
道路から鉄梯子までの取り付き・雪壁

雪はこの数日間で積もった1.5mの新雪で軽いのが幸いしていた。
小雪が舞っている中での作業だったが気温は零下で汗ばむこともないのだが
手袋の選択を誤ったようで手が冷たい・・・それでも小一時間かかって作業を終えた。

20110128_suhara1.JPG
梯子に覆いかぶさる雪庇

20110128_suhara2.JPG
日別に蓄積された雪の層


下に降りて湯沸かし器の排気筒を掘り起こした頃にスノーフライヤーの音が・・・
雪を下ろしているときにグレイダーが雪を押していたからすぐに来るかと思っていたから
タイミング的にはジャストで山になった雪が一瞬のうちに4m雪壁の彼方に飛ばされた。
このフライヤーがこなければ落とした雪の処理に難儀するところである。
自宅に比べて楽なのは落としたままでいいというところ・・・・

さて明日は自宅の屋根だ。

2011年01月31日

狂ったような・・・・

荒れ狂う横殴りの降雪は一晩で50cmを軽くクリアし
せっかく排雪した裏の雪山がまたアルプスを形成している。
すでにこの地域で活動する除雪車は相次ぐ積雪に間に合わず、道路は10cmほどの圧雪状態で
自宅前で町内のレオパレスに住む転勤族が乗る2DWの乗用車がスタック、
車高が低いから腹に雪を巻き込んでパワーは出ないし轍は深くどうしようもない。
丁度除雪中だったのでスコップで前輪の前を少し削ったら脱出できたが
同じような事象がいろんなところでおきているようだし、今、窓から見える国道では
大型トラックがスリップして動けずに10分ほど立ち往生、2車線だから良いようなものの
これが1車線ならばたちまち渋滞の列ができて大迷惑・・・
Wチェーンなどしていないような様子でこの後どうなることやら・・(丁度除雪車がきた)

予報では明日一杯、強烈な寒波は居座ってプラス50cm超の降雪だとか
もうその数字を聞いても驚かずにタメ息が出るだけ。
今日は裏に周るのにまずは3mの雪壁を登って電線を背をかがめてくぐる始末、
数年前の大豪雪ではその電線が雪の下に埋まったことがあったから
それに匹敵する状況だということで最後まで緊張の糸を緩めず体と心の準備をしている。

ニュースでは関越道の上り車線で事故発生との事であるが、この状況では不思議ではない。
除雪が間に合わずに圧雪、零下が続くスノーシェルター内の道路は凍結して危険がいっぱい
そんな時にスピード出しすぎ、車間あけずに、スリップ、追突・・気をつけねば。

さて明日からは2月で、節分も近いからそろそろ冬将軍もお引取りの時期かな・・・
「朝のこない夜はない」わけで「春のこない冬はない」ことを祈って
もう数日、頭をたれて吹雪が通りすぎるのを耐えて待つことにしよう。

追伸

今夕の民放ニュースで「魚沼市穴沢」の最高積雪を特集した番組が放映された。
いずれも局の職員が訪問した状況やら特定の個人を対象に取材していたが
その裏には行政から依頼され、困難なスケジュールの中で疲弊した除雪作業者が居たり
ボランティアで除雪作業にあたる市井の民が存在する事には触れていないのである。

現実は早朝に出勤する個人が自宅から公道に出る通路確保に汲々としていたり
自宅の周りだけの除雪に情熱を傾けているのが事実であって、
悲しいことに公の利益などは2の次であるのが現実なのである。
いつの間にか、この国は個人主義(所謂利己主義であるのだが)が正義とされ
「思いやり」とか「助け合いと」かは死語になりつつあるのだが
どっこい、まだ見事なまでのボランティア精神は生きている。

本日も夕闇が迫ったなかで公の除雪車が入らない町内の道路を自前のフライヤーで
黙々と通路幅を広げている人がいたり、一日中町内をスコップ片手に駆け回る人がいたり
そんな姿をみると黙って手を合わせるのが常である。

About 2011年01月

2011年01月にブログ「魚沼通信」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2010年12月です。

次のアーカイブは2011年02月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Creative Commons License
このブログは、次のライセンスで保護されています。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス.
Powered by
Movable Type 3.34