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2010年03月 アーカイブ

2010年03月01日

須原スキーカーニバル

今年のカーニバルは「あんこう吊るし切り」免許皆伝を目指すN氏,
スキーを楽しむ為に仲間を連れてきたオーナの息子+4人
なかなか楽しい一夜を過ごすことができた。
アンコウは6.5Kの大物でN氏はけっこう難儀をしていたが
小生(師匠)が思わず手伝ったりして無事に解体ショーを終えた。

乾杯のあとにタイマツ滑降を見物したり
四方山話で盛り上がったり「東京マラソン」の話題で電話したり
花火を愛でながらの再度の乾杯と本格的な宴会に突入。

若者達がお土産に持参したワインがことのほか美味くて
「アンコウ鍋」を肴に皆がグイグイとグラスを空けていった。
花火の轟音に歓声をあげ、アンコウの美味さにタメ息をつく・・・・
うーんこの「アンキモ」はやはりフォアグラの上をゆく。

久しぶりに礼儀正しい若者達と宴を一緒しておじさんは楽しかった。


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皮を剥かれた「アンコウ」

(動画のダウンロードにやや時間がかかりますが回線スピードの速い方はどうぞ)
動画:「N氏アンコウ解体ショー」

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須原スキー場「タイマツ滑走」

動画:タイマツ滑降i

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花火

動画:花火1

動画:花火2

動画:花火3

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インチキラクターの滑り
動画:インチキラクター滑る

2010年03月08日

足踏み状態の雪融け

季節はずれの降雨があったあとに2日間は雪が舞った。
積もるほどのものではないが関東以南のニュースで半袖で「暑い」などといった
言葉が聞こえると日本列島の不思議さを強く感じる。

放射冷却が続くほどの好天であれば残雪歩きが楽しい時期なのだが
道路から見える雪山の斜面には細かな雪崩の爪あとが至るところに見られる。
背の低い潅木しか生えていない急斜面には雪の重みを支える力がなく
雨によって重みを増した上層の雪で亀裂ができて滑るわけだ。
これは今年の雪の降り方に起因するもので雪質が異なる層がバウムクーヘン状に
出来ていて全層雪崩の引き金になる。

さすがに除雪車は出動していないが、除雪作業で飛ばした雪の山を崩して
「雪捨て場」に雪を運ぶ「排雪作業」が至るところに見られるのは
除雪予算に含まれた一連の工程なのだろうか、
公共事業が先細りになった土建業者にとっては貴重な仕事なのであろう。

小雪暖冬の予測が外れた日本列島,普段は降らない北米地域で大雪になったり
世界の至るところで大規模地震が起きたりと地球全体が少しおかしい。
大災害に対するある程度の覚悟が必要になるかもしれない。

種田山頭火

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし

<種田山頭火>

このところの不順な天候にややアン・ニュイな気分になっている。
春先(芽吹きの頃)は精神を病む人が多いのは
恐らく植物の著しい成長活動から発生されるエネルギーが
影響しているのだろうと思っているのはあくまでも自説。

先般、所用があってB翁の自宅にお邪魔したら
お茶をご馳走になった折に令夫人手作りのいろんなものが
お茶受けに出されて恐縮した。
この地域の「お茶のみ」では漬物やら煮物やらがテーブルいっぱいにだされるから
どの大皿のものも少しづつ頂かないと腹がくちくなって大変だ。

帰りにあまりに美味しかった「干し柿」をお土産にとずうずうしく所望したら
「自家製タクアン」と「ウド塩漬け」も頂いた。
タクアンはさっそくその夜に食し、「ウド」は塩出ししてあったので
やはり頂き物の「根曲がり竹」の瓶詰めを開けて半分は「炒め物」そして残りは
本日「ミガキニシン」を加えて煮物を作ってみた。

仕込んでから3週間過ぎた「どぶろく」も本日初めて瓶だしをする。
今夜は「山頭火」のように鯨飲することなく気持ちは
冒頭に掲げた句のようなゆるりとした気分で
「寒の戻り」を見据えながら盃を傾けよう・・・・ 

2010年03月11日

トキがテンに襲われて・・・

ついに悲劇が起きてしまった・・・・
数年前にトキが飼育されている場所を訪れる機会があったが
あの場所ならば他の小動物(テンやイタチ)がいても不思議はなく
彼等は頭が入る隙間さえあれば侵入はたやすいと言うし
ついに起きたかという感想である。
止まり木で眠っていたところを狙われたということだが
テンなどは木登りも得意であるから・・・でも被害の数が多いのには驚いた。

少年の頃に野生のウサギ(春先に山で保護した子ウサギ)と養殖ウサギを
飼ったことがあったが、いずれもテンかイタチに襲われてしまった苦い思い出がある。
ニワトリは鳥小屋のなかで飛翔して逃げることができたが
うさぎを飼っていた箱は小さくて、彼等は逃げることもできなかったから・・・
けっこう高い場所に作っておいた飼育箱だったのに、雪深い冬に狙われた。
今回の事件はニュースを見ながらそんなことを思い出した。

当時はヤギなども飼っていて台所から出る野菜や果物クズは分類して
ヤギとウサギに与えていたし、ヤギには夏に刈っておいた青草の乾燥した物なども
あげていた記憶もあるから今でいう「エコ」を地でいっていた。
稲ワラ敷いておいた褥は春先には貴重な堆肥の元になったことは言うまでも無い。

春先に親2匹と子ウサギを箱に入れて自転車にくくりつけ
「レンゲ草」の咲く田起しをするまえの田圃に運んで遊ばせたりしたもので
彼等は跳躍力が退化していたからあまり行動範囲がひろくなかったし
新鮮なレンゲ草を食べるのに集中していたから安心して
自らもレンゲの淡い薄紫の花園にねころんで転寝をした思い出もある。

生態系の常としてヒエラルキーの具象化された事件である

2010年03月12日

「春の淡雪」と「霞しぼり」

30代の現役バリバリで「虎ノ門界隈」に出向して働いていた頃
「鈴傳」なる全国の日本酒に関して造詣の深い店でずいぶんと修行した。
(今ではその店も伝説の店として本になったりしているが・・・)
そこの主人に進められて飲んで感激したのが「出羽桜酒造」の「春の淡雪」と
「朝日山酒造」の「久保田」であった。
「鈴傳」の話はいずれ別の機会に披露することにして
先日は地元「緑川酒造」の「霞しぼり」を飲む機会を得た。

酒造会社主催の「霞しぼり」を飲む会でラベルにあしらわれた淡いピンクに
ならって参加者はピンクの髪飾り、ポケットチーフ、ネクタイを身につけての参加。
ちなみに小生はピンクのボタンダウンシャツ(持っていて良かった)
恐らく一人で5合以上は飲んだだろう、2次会では完全に酔って沈没。

さて「春の淡雪」と「霞しぼり」のいずれも生酒でしぼりたてであるから
淡い濁り酒であるが甘味が強い他の「濁り酒」と違ってスッキリ爽やか、
切れ味がいい酒である。(今の時期しか出荷しない限定品)
我が家の「どぶろく」もスッキリではないがやや酸味があるものの
未だに醗酵を続けている瓶からフロスティボトルに移し変えて飲んだ。
手前味噌であるが「美味い!」

十二様

大力山の登山口に2人の人影がゆらいでいる
どう見ても登山者でなさそうなのだが近づいてみると
それは十二様を祭る儀式を行っている男女であった。
社を模した雪の祠には灯明が灯されて
小豆オコワ、イワシが数匹が奉納されている。
「昔は弓と矢」も奉納したんだけども・・・・・・」と
儀式を行っている男性が話してくれた。

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十二様祭壇

十二神社は「山の神」であり、熊野神社がその祖だと云われているが
この新潟県は地図を開けば山間部の集落付近にかならず十二神社がある。
小生が中学生の頃に村の翁の元で夏休みの間だけ2年にわたって
山の下草刈りを手伝ったことがあった。
早朝、翁と少年は片道1時間の山道を辿って現場にゆくのだが
その途中に小さな祠があって、必ずそこで手を合わせたものだ。
それが所謂「山の神」を祭るシンボルであって、八百の神のひとつであったのだろう。

東大寺の「おみずとり」の日であることは承知していたが
「大力山」におわす山の神は本日が祭礼なのであることは知らなかった。
当然のことながら帽子を脱いで2拝2拍手・・・・山に入ることへの願いをした。

神社まではツボ足で充分にどこでも歩けたが
尾根に出るとやや積雪が気になってきて
急斜面では足を進めるたびにズブズブとぬかってしまう。
こんな時は早めに準備をすべしとセーターを脱ぐついでに
スノーシューを履いて歩き始めた。

舟窪付近では10cmを越える積雪が足に纏わりついて
スムーズな歩行ができないものの元旦のラッセルに比べたら
楽なもので荒い息を吐きながらも頂上に至る。
いい汗をかいたあとの水は美味いし、キラキラと光る新雪の
輝きも格別であった。

好天のせいか下山途中に後続の登山者とすれ違う、
久しぶりの晴れ間に皆が待ち望んでいたのだ。
本日も幸せな時を過ごせた、感謝!!

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すっかり屋根の出た休憩舎と三山

2010年03月18日

冬の終わり・・・・

お彼岸が迫ってくると冬の手仕舞いが始まる。

<<まずは「蕪菜漬け」の処分>>
もともとが半分量はこの為に残してあるようなもので
飴色になったものを塩出しして「煮菜」と「ジャコ炒め」をつくる。
「煮菜」は打ち豆を加えただけのシンプルなもので
「おふくろの味」なわけで首を長くして待っている義兄弟に送る。

<<沢庵漬けの処分>>
これは残っているものを全部出して
「沢庵の味噌漬」を作ったり「炒め物」を造ったりする。
やや酸味が出たものがなんともいえない味わいを醸し出す。

<<「どぶろく」の瓶詰め>>
数回はそのまま飲んでいたがだいぶ「辛味」が出て来たので
絞って壜詰めするのが恒例、
桜が咲く頃まで残っていたら散りゆく花びらを愛でながら
チビリとやるのがよろし

この数日は「なごり雪」が舞っていて冬の終わりを告げている。
深い雪の下では「フキノトウ」が頭をもたげているのだろう。
アサヅキの味噌和えで温燗もいいな・・・・

2010年03月24日

彼岸・墓参・買物

ここ魚沼の地での「春の彼岸」は豪雪のために墓は雪の下であるから
慕参の風習はなく、雪が降らない地域との風景がだいぶ異なるわけで
小生の生まれ育った蒲原でも「春の彼岸」の霊園では人影が少なかった。
やはり旧盆のほうが行事的意義が高いのか・・・・

両親が眠る蒲原平野の片隅にある菩提寺への墓参のついでに
恒例の「本町市場」付近での買物に出かけた。
知人からの紹介で知った「竹林味噌」は昨今の大豆以外の澱粉質を加えておらず
過去15年以上は年に数回は本店で買い求めている。
昨年くらいからは手前味噌と5:1位の割合で合せて使っているが
「味噌臭さ」が特徴の風味で気に入っている。

さて本命の一つである「小野商店」の昆布巻きは有名で
早い時間に行かないと売れ切れてしまうほどの名品でもある。
北海道は「貝殻島」の幅広い柔らかな昆布で鮭の切り身を巻いてある
大きくて柔らかく炊いてあって自家用、贈答用いずれでも好評な一品。

さらに「銀タラの味噌漬け」は東京から新潟市に再就職した折に知り得た
古町飲食店で出されるお気に入りの「酒の肴」であり、
漬け込む味噌が店毎に異なっていて魚沼に引越してからは
もっぱら本町市場の食品センターで購入して楽しんでいる。

「鮭・鱒」は村上の「塩引き」を始めとしてレベルが全国的にも高く
いろいろ食べ比べた結果伊勢丹デパートのBFにある「たけうちの本造り」が定番
年末には「鱒のカマ・甘塩」と「鮭・ハラス」「鮭・中骨」を纏め買いをするが
それ以外の時は「鱒のカマ・甘塩」を買う、今まで他の店で食べた中でここが一番!

買物を終えたあとは女池インター付近にある支那ソバ屋「おもだかや」で
昔ながらの魚介スープたっぷりの支那ソバを食べて帰るのを常としている。

「旦那さん、なじですか?」「喰ってみなせ・うんめよ」そんな売り声が聴こえなくなった
「本町市場」は露天の数がすっかり消えて寂しいかぎりである。

山仕事・道具

魚野川・河川敷にて頒布された樹木の受取時に
大活躍したN氏愛用の「手鉤」を見て欲しくなった。
最初は「片手トビ」だと思いネットでいろいろと探してみたが
本来は林業従事者が現場で使うのが所謂「片手トビ」で
かなりヘビーな道具は売っていた。
「トビ」そのものは大きな丸太を取り扱う時に使われる長尺もので「掛けトビ」と呼ばれ
火事場などで家屋の倒壊時に消防関係者が使うものを「竹トビ」と云う。
いずれも「トビ口」はかなり大きくて重そうであったからパス・・・

さらに情報収集したら旧くは農業での荷捌きなどで使われていたのが「手鉤」と云われ、
長さ、形状も用途によっていろいろとあった。
現在は主に漁業関係者が大型魚をとり回す時や河岸で箱を扱う時に
まだまだ使われているらしくて、その視点で探してみた。

オークションにて10本セット物(箱に鯨用と刻印)と他に3本セットを購入、
さっそく試してみたらけっこう快適でこれからの伐採、薪作り作業に活躍しそうだ。
購入品は古い在庫品であったが一応新物なので柄の部分に耐久用処理をする、
ピッケル用に使っていた「亜麻仁油」とN氏からアイデアを頂いた
「胡桃油」(クルミの実を布で包んで滲んできた油を塗る)を使うことにした。
「亜麻仁油」は浸透、乾燥も遅いが色合いは濃くて
ピッケルやアックスのように心持丈夫になった感じ、
「胡桃油」は浸透、乾燥は速いが色合いが薄くて弱々しいが
何度も塗ることで味わいが出てくる感がある。

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小型の手鉤(25cm)                         中型の手鉤(33cm)

ついでに長兄から譲り受けた「鉈」と一昨年購入した「鎌鉈」の柄にも
「胡桃油」を塗りこむことにした。
靴の手入れ(靴クリーム塗り)や革製品の保革油塗り、
包丁やナイフの磨ぎなどの単純作業は比較的好きである。

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鎌鉈(まだ使い込んでいない)                        年代物の鉈

2010年03月27日

週末の貴重な晴れ間

同じ事を考える人が多いのだろう
長く続いた雨にアキアキしたのか2時間ほどの晴れ間予報に
いつもに比べたら多くの人が「大力山」に登ってきた。

雪の状態はあまり良くなくてツボ足での歩行はかなり疲れる。
神社からはスノーシューを履いて歩いてみたが調子が出ないのは
2週間ほど空いた運動不足のせいか・・・・

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山頂手前から振り返ったらトレースが・・・

それでも新雪がキラキラ輝くなかを歩ける喜びに
流れ出る汗を拭いもせずに休憩舎に向かう。
水を2口、珈琲とオレンジピール・チョコを一欠けらを口にした頃
顔見知りの夫婦が到着、しばらく雑談をした後に下山にかかる。

途中で3組ほどの登山客とすれ違い、
いつもに比べたら本コースの繁盛ぶりに感心する。

弛んできた斜面を駆け下りると
すっかり咲きそろった「マンサク」の花が残雪に映えていた。

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残雪に咲くマンサンク

2010年03月30日

太宰治と坂口安吾そして壇一雄

ようやく「オール読物」と「問題小説」の読むペースが
出版ペースに追いついて他の本を読む余裕ができたので図書館に出かけた。
ニュース番組以外のTV番組を観なくなってからもう10年以上が経ち
読書時間はたっぷりあるのだが、パソコンに向かっている時間も長いから
購読誌(文集も含む)以外の本に手を出すのは久しい。

図書館で借りた「壇一雄」が書いた『太宰と安吾』を読んだ。
一部が「太宰治」二部が「坂口安吾」と分けているが随所に作者を含めた3人が
交錯している様が書かれている。
壇よりも太宰が3年年上、さらに安吾が3年年上という年齢差だが
同時代に生きた「無頼派」と云われた3人を中心にした文芸界の事が
赤裸々に書き綴られたものを再度編集した本である。
内容的にはだいぶ同じ話が出てくるのだがあまり気にならずに一気に読んだ。

特に壇が太宰の妻女から熱海で遊蕩する太宰にお金を届けに行って
「ミイラ取りがミイラ」になってしまい自らも遊蕩の同行者となってあげくに
太宰が再度の借金の為に「菊池寛」のところに上京したまま帰らずに
壇が人質になっていたが「つけ馬」と再び東京に戻ったら太宰が「井伏鱒二」の
家で飲んでいたくだりはあまりの「破滅型」の生き方に驚く。

太宰の生誕100年が昨年で青森の「斜陽館」にはだいぶ観光客が訪れたらしいが
さらに3年年長の安吾に関してはその年ではあまり話を聞かなかったような気がする。
太宰は短編が教科書に載っていたり「入水自殺」の話が有名な為に知名度が高いのか?
安吾は新潟市に生まれており父親が政治家だったあたりが
なぜか「野坂昭如」を思い出してしまう。(野坂の父は新潟県副知事)
小生は「吹雪物語」は文庫本を買って読んだが「堕落論」や「桜の森の満開の下」は
読んだ記憶がない。

壇一雄も「リツ子・・・」や「火宅の人」よりも「壇流クッキング」が馴染み深い。
彼の子息が芸能人としてマスコミ等で活躍しているのも(壇太郎、壇フミ)
彼の残した遺産といえようか。

石川啄木、宮沢賢治を始めとしてなぜか東北出身の作家は清貧(?)というよりは
物欲に対して無関心だったような気がする。
ただより良い作品を仕上げるために苦悩し親戚・知人に迷惑をかける事すら気にならず
自分自身の芸術性の為のみに愚直に生きぬいたのだろう。

他方「無頼派」と云われる彼等は一般人の価値観や人生観とは異質な生き様を貫き
浴びるように酒を飲み、麻薬や薬への依存もいとわず、娼家に居続ける怠惰な生活、
友人、知人への借金、自由奔放な女性関係・・・
現在であったらさぞや「芸能誌」が喜び、「TVレポター」が活躍するだろう。

作品からは決して見通すことができない作家達の赤裸々な姿に改めて驚いた。

2010年03月31日

春の味覚

<<めかぶトロロ>>
店頭に「めかぶ」の黒いコロリとした塊が出始めて気になっていたが
ようやく買い物篭にそれを入れる事になった。           
熱湯を器に入れためかぶの塊に注いで鮮やかに色が変わったのを
ザルに上げて冷えたところでザク切りにしてから包丁2刀流で叩く。
俎板がドロドロになってしまうのが悩みだがこのヌルヌルがすこぶる美味い、
「赤ミズナ」のタタキ、「モロヘイヤ」のタタキいずれも同類かな・・・
ガラスの器に「おぼろ豆腐」をスプーンで取り分けてから
大胆に多めの「めかぶトロロ」をたっぷりとかけて、
その上に生姜の摩り下ろしたのをひとつまみ。
味ポンを振りかけて頂くのが今回の一品。

<<」あさづき>>
畑の隅に自生する「あさづき」が雪が融けた間から芽を出し始めた。
まだ3、4cmのものを掘り出して土を水で洗い流した後にヒゲ根を取る、
小皿にそのまま山盛りにして味噌を付けて食べたら日本酒に合う。
今回は余った小さな茎を刻んで味噌とミリンと合えて「コゲ飯」に塗って
オーブンでチョイ焼きしてから日本酒を飲んだ後の締めに。

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あさづき

<<大根と鮭の炊き合せ>>
雪の下から掘り出した太い「雪下大根」を頂いたので
村上の「寒干し鮭」と煮ることにした。
厚めに切った大根を下湯でして荒熱をとる、出し昆布を多めに鍋にひいて
骨の付いたままの鮭の切り身を水から炊いてミリンと醤油のみで味を整える。
大根のゆで汁を加えてから大根を入れてさらに色が染み込む程度に煮込んだのち
九谷焼の深皿に盛ったら美味そう・・・・

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