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2010年02月 アーカイブ

2010年02月01日

今シーズン最初のスキー

友人が須原に泊まるというし日曜日の午前中は「晴れ」との予報で
前日にスキーの用意をしておいて濃い霧のなかを須原に向かった。

午前中のパスを買う(なんとシニア割引)
今年は最初から「カービング」を履いたが、まだゲレンデでは
旧いスキーを履いている人も見られるし、滑りをみてもすぐにわかる。
それにしてもボーダーが圧倒的に多い。

ゲレンデでは気温の上昇を予測してか「塩カル」を盛んに撒いていて
斜面がガリガリといやな感じだ。
粉雪かいっそ新潟独特の重いザラメ雪のほうが得意なわけで
スピードが出ていると雪質の変わり目でバランスが崩れてしまうし
「まずは転ばぬ」ことを心情にしているわけで・・・

2時間ほどの滑走ではブランクを感じさせないほどの感触を得て
来週に依頼されている弱視の子供達へのプライベート・レッスンに対応できそうだ。
友人が滑っている動画を撮ってくれたのだがファイル変換が
うまくゆかずにこのブログに掲載できない。

2010年02月05日

節分寒波??

下越を中心に降り続いた雪はついに新潟市で80cmを越えた。
除雪体制が整っていない都市部はさぞ大変だろうが
こんな時こそ首長は適宜に判断して近隣の市町村から
除雪車等を一時的に借りるとかできないのだろうか・・・・。
それに比べると魚沼は20cmにも満たない降雪で、
「立春」の昨日は青空さえ出ていた。
かつてないような異常な気象現象が世界中で続いているが
病んだ地球が警鐘を鳴らしているのだろうか?

未明に家を揺らすほどの西風に眼を覚まして表を見たら
ものすごい横殴りの吹雪である。
換気扇から風が入り込んでくるほどの強風でもう眠れない・・・
3時前に新聞配達の足音がしたのでストーブに薪を足して
玄関から一歩出たらテラスは吹き込んだ雪で真っ白・・・・
気圧配置はやや強い冬型に加え寒気の張り出しが新潟県を覆っているので
数日間は大雪に対する心構えが必要かもしれない。

20100204_dairiki.JPG

立春の日「魚野川」付近から「大力山」と左後方には「黒禿」

2010年02月07日

吹雪の中でのスキー指導

「八海山麓スキー場」で行われている恒例の「スキー教室」
この数年は参加したりしなかったりだったが
今年はメインの講師であるO氏の代りに参加した。
他の教室と異なるのは参加者が「視力」にハンディがあることで
全盲の人も含めて弱視の人が毎年多く参加している。

健常者ですら初めてスキーゲレンデに立つのは勇気が必要だろうが
本人達はけっこう楽しそうでサポートする側も気が楽である。
2名の初心者を含めて数名の参加者で、マンツーマンが2、3名と
ある程度の経験者はグループで滑っていた。

小生は初日はある程度ボーゲン滑走ができる女性、
今日はまだ完璧なボーゲンができない女性を担当した。
20代の女性とスキーをご一緒するなどという経験は
最近はまったく無いわけでリフトでの会話もぎこちない・・・・。

安全に楽しくスキーを経験してもらえることが最大・必須条件なので
悪天候の2日間だったのが効してゲレンデは空いていたから
他のスキーヤーとの接触事故を心配せずに教えられた。
気温が低くて転んでも濡れず、雪が柔らかいから骨折の心配も無いわけで
両方の板が外れる転倒をした今日のサワちゃん、
めげずに最後までおつかれさまでした。
今度は青空の下で楽しめることを・・・・
それにしてもひどい吹雪で久しぶりにゴーグルを使った。

「盲人」であることを表すゼッケンを付けてある為か
リフトに乗る時はスタッフが親切にスピードを緩めてくれたり
サポートしてくれるので講師の小生は大いに助かった。
事前にお知らせがあったのだと思うし毎年恒例の事なので
申し送りがされているのだろうけども
人間の優しさや根底に潜む情愛に感謝するひと時でありました。

教室は日曜日の午前中で終了したわけだが
終わったとたんに天候は回復にむかい始めて夕方には太陽が顔を出した。
さて明日からは気温が上がって3月の気候になるとか、
4回目の雪降ろしをするかどうか悩むところである。

2010年02月10日

寒気のち暖気

外気にさらされている1Fの水道の蛇口が凍っていたり
屋根から延びたツララが約1mほど鋭利な輝きでにらんでいる。
これが朝方、頭に刺さって発見がお昼過ぎだと凶器が不明で
けっこう警察を悩ましたりして・・・(そんな古い推理小説のネタにはならないか)

4回目の雪降ろしを終えた翌日は雨が降り出してどんどん融雪してゆくのが悔しい、
今日は須原の小屋に様子を見に行ったが水道や湯沸器は凍結無しだし
屋根の雪も予想を下回っていたのでそのまま帰ってきた。
(数年前は水抜きをしなかったせいで湯沸器のパイプが凍ってヒビが入り
大変な散財をした経験があったので前回利用時タカをくくって水抜きをしなかったから
心配していたのだが・・・セーフ)

さて拙宅の厳冬期は「灯油ストーブ」を併用するから
その余熱を利用して常時、湯を沸かしておいたり
肉を中心にした「煮物」をコトコトと半日以上炊いたりする。
多いのが「牛スジ」と「豚モツ」なのだが、本日は「豚バラと白菜」
土鍋に一層毎に白菜と豚バラを重ねて水を一差し、
水が上がってきたらコンソメの素と醤油を少々加えるだけで
白菜の甘味と豚バラの旨みが見事なコンビネーション。

春が近づくと貯蔵していた野菜の放出が勢いついて
ジャガイモ・玉ねぎ・里芋・大根などを使った煮物が多くなるが
時には「冬菜」と言われる「大崎菜」などを買ってきて緑を楽しんだり
新潟沖で取れた「ホッケ」を煮たり・焼いたりするのが恒例だ。

昨年に知合った糸魚川の「魚屋」に「アンコウ」を問いあわせたら
今年はこの海の荒れ方で船が出ていないとの事、
落ち着いたら漁が始まって価格も安定するとのことなので
友が期待していた「年に一度のアンコウ鍋」も実現するかも・・・

2010年02月15日

里山詣で

天気予報では曇天だったが8時頃になったら青空が広がってきた。
スーシューを新調したものの大雪続きでとても山に向かう気力がなかったが
この青空と峠を越えた「大雪」の状況に気分が高揚してくる。

珈琲をテルモスに詰めてチョコレートを一包みザックにほおり込む、
着替えと予備のタオル、カメラ、防寒具を入れたら小さ目のザックはパンパン。
グローブは薄手と厚手を持参したが歩き始めは厚手を履いていないと
朝の冷気にピリピリと痛いほどだ。

アプローチは雪の壁が続いていたがお地蔵さんの手前の低くなったところから
登山道に向かう踏み出しポイントが出来ていた。
すぐにスノーシューを履いたものの雪は硬くて不要な感じがする、
まあ慣れるためのトレーニングということで登り始める。
神社に着く頃にはうっすらと汗ばんだのでウールの帽子は脱いで
得意の「タオル鉢巻」、ヒートテック長袖シャツの上に」セーター1枚では
やや暑い感じもあったが気温は零度前後だろうからゆっくと歩く。

元旦に付けたトレースとほぼ同じようにコースが作られていて
休憩をとらずに1時間弱で山頂に到着。
先行していた単独行の踏み跡はさらに「黒禿」方面に延びていたが
小生は雪に埋まった休憩舎の屋根にザックを降ろして珈琲とチョコを2片、
写真を撮ったり噴出してくる汗をふき取ったりと立ったままの作業。

下界からは「国際雪合戦」の歓声がかすかに聞こえてくるが
風もなく穏やかな登山日和なわけで昨夜新たに降った新雪がキラキラと
輝く様を愛でながら下山を開始した。
下りはあえてトレースを外してブレーキのきき具合や踵荷重を意識して
急斜面に挑戦したものの2回ほど樹木の隙間にできた空間を踏み抜いて
太ももまでぬかった。無事脱出できたもののこれが雪庇だとけっこう大変だったかも。

途中で登ってくる単独行の男性と挨拶を交わしてからは
ほぼ緩い稜線歩きで久しぶりの雪上歩きを楽しんだ。

20100214_dairiki21.JPG

頂上直下、朝日に輝く新雪とトレース

2010年02月19日

雨水

24節季のうちで「降雪」の顕著な意味合いを感じるのは
「霜降」と「雨水」ではなかろうか?
晩秋の山で「霙」に出会う「霜降」は心細くて鉛色の空がうらめしいが
今の時期に雪雲ではない雲間から顔を出す太陽のなんと懐かしいことか。
先日まで「悪魔の所業」と思った降雪が今日あたりの「風花」あるいは「なごり雪」
のような舞い散る雪片は春の足音を身近に感じる。

マスコミでは「バンクーバー五輪」を盛んに取り上げているが
遠い昔にカナディアン・ロッキーの山歩きの最終章に滞在したのが彼の地であった。
貧乏旅であったから都市部に降りてきても安宿を探して帰国前の1週間ほどを
過ごした記憶があるが、夏でもあるから「港町」としての顔や日本から「カナダ」への
観光のエントランスとしての印象が強かった。
また「香港返還間近」による中国からの移民が極端に増えた時期でもあって
街を歩いているとよく中国人に間違えられたりしたものだった。
フランス語と英語での併記されている国内の案内看板に代表されるように
歴史的背景から当時は国を二分するかの如く見聞されていたが
昨今のバンクーバーは恐らく中国系がだいぶ増えてきたのではないだろうか。
(10年ほど前に数日間滞在した時はチャイナ・タウンがだいぶ広がっていたから・・・)

「フリースタイル」「スノーボード」「カーリング」が五輪の正式種目になったりしても
「ノルディック」に代表される「ジャンプ」と「クロスカントリー」はしぶとく残っていたりして
さらに「クラシカル」や「フリー」の厳しいカテゴリも残っているあたりは
ヨーロッパを中心とした歴史的スポーツVS米国を中心とした「NewWave」が
これからも「国際的集金イベント」を盛り上げてゆくのだろうか。
「一時的・ナショナリズム」に酔いしれた日本国民は来年度予算編成の推移を
いかように思っているのかがやや心配な魚沼の民である。

2010年02月22日

いい天気

昨日の朝に双眼鏡で「大力山」を覗いてみたら
数センチ積もった新雪にクッキリとトレースが出来ていたわけで
冷え方といい新雪が積もった後の快適な歩行に触手が伸びたが所用が多くて諦めた。

さて今日は朝から雲ひとつない快晴、放射冷却の効果もあって
お出かけムードは高まっていた。
気温も10度近くまで上昇するということで装備は軽めにして珈琲と水、チョコを数片を
ザックに詰めるとそそくさに家を出た。
スノーシューはザックのサイドベルトに括り付けて歩き始めたが結局、一度も履く事無く終わった。

先行の車がすでに2台停まっていて途中で年配の単独行とすれ違う、
彼はカンジキをザックに下げていたがやはり使った形跡はない。
普通の長靴で充分歩ける雪の状態で時間も40分を切るほどの快適な歩行で
いい汗を流した里山詣であった。
山頂では周回コースを歩く予定だと腹ごしらえをしている4人のグループ、
しばし情報交換をして早々に下山。
日陰の雪はまだバリバリしていたが充分に日光を浴びたトレールは長靴の下で
キュッキュッと鳴って本格的な残雪歩きの始まりを物語っていた。

20100222_dairiki12.jpg

「大力山」山頂より八海山を望む

2010年02月26日

花粉症が頭をもたげ

昨年の初夏に遅いデビューとなった「杉花粉症」が今年も顕著になった。
このところ続いた好天なのにクシャミと鼻水の日が
幾日も続いて何か変だなと思っていたところ
昨日はあまりの暖かさで2時間ほど歩いて買物に出かけた折りに
鼻水ジュルジュル状態になったので「花粉症」を確信したわけで
最近お世話になっている医院に行った。

医師は慣れたもので
「この1週間はだいぶ患者さんが増えたから昨年発症の貴方も
どうやら症状が出ましたか、いつものお薬出しますね」と
3分ほどの会話で「アレジオン錠」を処方していただいた。
花粉は風にのって200kmほどは飛散するので積雪の多い地域だからと
いって安心はできず、晴れた日には遠くからやってくるらしい。
どうも2日ほど前の晴天に布団や毛布を表に出して干したのが裏目に出たのだろう、
寝る頃になって現象が強くなったのは寝具に付着した花粉が再び空気中に
拡散されたせいかもしれず、うらめしい晴れた日の布団干しとなった。

若いときに一時的にクシャミと鼻水が続いた「アレルギー現象」を経験したが
昨年まではそれほど苦しんだ事はなかったわけで加齢とともに抗体の働きが
変化してきたのだろうか・・・・
呼吸器系がもともと弱いから気をつけているのだが、これだけは発症したら
気長に花粉症に対峙してゆかねばならない。
山が待っているのに悲しい・・・・・

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