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2010年01月 アーカイブ

2010年01月01日

恒例の元旦登山

大晦日から降り続いている雪は何時に無く止む気配がない。
恒例とはいえ躊躇するのは普通の考え方であるが、
これは儀式に似たようなものであって(一回は最初から断念した年もあったが)
やはり決行するのが正しい道だと思った。

8時頃に予てから予定していたメンバーに電話して決行を通達、
今回は特に雪山デビューのS氏が参加するからである。
拙宅のテラス下でカンジキの履き方トレーニングをした後に徒歩で出発。
途中で軽トラで追いついたY画伯は「こんな天候で・・・・」とやや不満そうだったが
以前、中止して後味が悪い思いをしたトラウマがあったせいか
今回はとにかく行ける所まで歩くつもりで、その意思を伝える。

果たして出発地点に到着するやいなやS画伯夫妻とU野屋社長が到着。
出発時間をずらした効果があったようである、
(ラッセルは大人数で行えば肉体的負担が軽減される・・・)
それでもS画伯は得意のスノーシューを身につけるや風のように
斜面を駆け上がっていった。

冬山デビューのS氏と馴らし運転のごとくスノーシューのトレイルを
一歩ずつ踏み込んでゆくが思うように足が前に出ない。
カンジキとスノーシューの浮力の違いもあるやもしれないが
神社に着くまでにすでにアイドリングの域を越えて汗ばむ。

やがて追いついた人たちを含めて7人で痩せた稜線から最初の
急斜面に至る苦難の行軍が始まる。
前回降って固まった雪の上に積もった今回の新雪は下部は湿雪、
上部は乾雪でコントロールが難しい。

スノーシューが2名、大カンジキが1名、残りは小型のカンジキなわけで
ラッセルの順番は体力の剛弱でかなり偏ってしまったが
それでも自主的にトップを交代して幾つかの急斜面をクリアする。
大カンジキを履くS画伯夫人は背中にスコップを背負い、
ストックを両手に水平に雪面につっこんでゆく後姿はまるで猛者の如く。

やがて休憩舎が視界に入り長い雪中行軍は頂点を迎えた
あまりの寒さに髭が凍りつきテルモスの珈琲が飲んでいるうちに冷えてくる。
それでもビールや日本酒で乾杯をしたり料理をつまんだり
山のベテラン達は元気だ。

早々に山頂をあとにしたくだりのトレースは登りと違って快適!!
冷えた体に熱い思いをこめて里山をあとにした。

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ラッセル後の樹林帯

2010年01月05日

考察・正月登山の遭難

年末年始に列島を襲った寒波によって例年の如く繰り返される
「正月登山」の遭難騒ぎが新聞の紙面に出ている。
連続する休暇、それも正月という暦、それに悪天候がマッチングして起きた
雪山での遭難であるけれど、雪崩でなくて疲労凍死や単なる救助依頼・・・・。
これは冬山に限らずに目立つのが中高年が多いことで、
分別のあるベテランがと思うが、案外単なる雪山経験のあまりない輩か・・・
いずれにしてもこの悪条件下で2000m級の雪山を歩くなどとは
無謀とマスコミに叩かれてもしょうがない。

確かに晴れていて締まった雪の上を歩く快適さを一度味わってみると
ああ、こんなに冬山って簡単なのかと思ってしまい
同じ感覚で少しばかり荒れていてもタカをくくって山麓をスタートするが
吹き溜まりでのラッセルで体力を消耗し、吹雪で体温を奪われる。
里山のラッセルを数人で交代でやっても大変なのに少人数で豪雪地帯の
雪山に挑むにはそれなりの体力・知力がなければ無理であろう。

装備が良くなってアプローチも便利になった分、軽装で歩く人が多くなったが
雪洞で1週間停滞しても動じないほどの食料や燃料を携帯して
余裕のあるスケジュールをもってして挑むべきなのに
撤退や中止する勇気を逸し、あげくは携帯電話で救助要請をしてしまう。
同じように雪山を歩く「山屋」は苦々しくニュースを見ていることであろう。

その昔、所謂「またぎ」はほんの少しの食料と毛皮(寝袋代り)を背負い
たった一人で山に入り雪の中で焚き火を熾し「雪洞」を掘って毛皮に包まって眠り
ウサギの肉などで食料を補給し冬眠中のクマを捕獲したと云う。
新潟と山形の県境にある「朝日地区」また秋田と岩手の県境にある
「阿仁地区」の狩人は雪との付き合い方を肌身で知っているからこそ
風のように山々を駆け巡って「熊の胆」を求めたわけである。

そして雪国で暮らす人々は数日続いた豪雪がほんの少し休んだ隙に
屋根に上がって雪を下ろして、下ろした雪をまた処理することを繰り返す。
昨今は「自然落雪屋根」と「スノーフライヤー」が一般的だが
どちらも利便さとリスクを含んでいるわけでベストな手法ではない。
小生は2日にわたって須原の小屋と自宅の屋根に上がって雪を下ろしたが
この作業は実にローテクなものであるけれども結構好きな時間でもある。
自宅の裏に出来た雪の小山にスコップを差し込んで深く埋め込む、
(アイスハーケンの代用)
そこをビレイポイントにしてザイルを伸ばして屋根の頂点を越えて
反対側に垂らしたものが命綱になるわけでザイルとカラビナで
結ばれたボディーハーネスが心強い。

昨日は遭難関係のニュースを見たあとに
NHKの特番で単独・無酸素で7サミットに挑戦する若者をテーマに放映していたが
撤退するタイミングと勇気がいかに必須かがよくわかった。
12本歯のアイゼンを着けたプラブーツでカメラ片手に氷壁に挑む「栗城氏」
あの若さだからできる技か・・・・

2010年01月07日

大根づくし、そして七草

昨夜の食卓は「大根」づくし
知合いから貰った「雪下大根」が美味そうだったので
「大根サラダ」を家人にリクエストして、いざ食卓に着くと・・・

1.大根サラダ(雪下大根とホタテ貝柱缶詰)
2.松前漬け(割り干し大根入り)
3.牛スジ大根(牛スジ、雪下大根、里芋、ハンペンの炊き合せ)
4.もやし炒め(モヤシ、キャベツ、人参、バラ肉)

雪下大根は瑞々しく歯ごたえがあっていくらでも食べられる
タケシさんごちそう様でした。

一夜明けると「七草かゆ」が恒例の1・7であり
前日に購入してあった材料を土鍋で米から炊いたかゆに入れて食するが
1合すこしで2人で充分満腹感を味わえる。
「朝はおかゆ」というヘルシー生活をしておられる意義がよくわかる
「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ」
このうち姿が眼に浮かぶのは5種のみ・・・・

年末からの雪は峠を越したと云いながら未だに降り続いている、
累積した積雪量は3m以上あると思う。
毎朝の除雪作業に薄っすらと汗ばんでシャツを替えるのが快い、

2010年01月14日

久々の晴れ・賽の神、そして大雪

連休の最終日は朝から青空が出始めて
賽の神用の櫓を組み上げた頃にはすっかり晴れ上がった。
毎年、高くなりつつある櫓は昨年くらいから少し控えて
組み上げるようになったし、心材に入れる材木も少なくして
早めに燃え崩れるようになってきた。

まあ、雪のたっぷりある公園内であるわけだけれども
すぐ近くには人家もあり、消防署からの指導もあったのかもしれない。
事故の無いように早く燃え尽きてしまったほうがいいようだ。

今年は最後まで見届ける事無く連休に須原の小屋を訪問した
友の車に同乗して連休明けの「新年挨拶周り」で上京したわけだが
まさか、その後に1mもの降雪があるなどとは予想もしなかった。

3日間留守にした家の中は気温が10度以下、
薪ストーブをガンガン燃やして灯油ストーブも併用した。
10時間後に漸く傾斜のある側の屋根の雪も落ち始めたし
寝る頃になってから部屋の温度も20度を越えた。
思い起こして見たらこの冬にストーブに火を入れ始めてから
完全に火を落としたのは今回がはじめてだったわけで
一度冷えた家中を暖めるのは大変なエネルギーを使うことに
改めて考えさせられた。

20100111_sainokami.JPG
今年の賽の神炎上

2010年01月15日

結蝋燭点灯

朝から除雪作業でけっこうな汗をかかせて頂いた。
もうすぐ寒波の峠を越える予報が出ているが
まだ屋根の雪は下ろしていない。
かなり軽い雪で処理に手間取ったが、屋根の雪は
もう少し暖気が訪れてからのほうが扱い易いかもしれないので
明日以降に作業を先延ばしすることにした。

さて今日は中越地震の復興を祈念する「結」のイベントで
ローソクの点灯がお願いされたので、夕方に軒下にできた
雪の山に洞を作って2灯を点灯した。
撮影時に通りかかった地元の中学生に声をかけたら
無邪気にモデルになってくれた。
マイナス1度のなかジャージで通学する若さに嫉妬する爺であった。

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点灯したばかりの「結」の前で
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再び雪が舞う中で灯った「結」

2010年01月20日

雪降ろし

ようやく晴れ間が見え始めたこの数日はどこの家でも
「雪ごったく」(除雪作業全般を指す魚沼地方の方言)が盛んである。
小生も初日は屋根の雪の半分ほどを降ろして、さらに降ろした雪の片付け
2日目は残りの半分を降ろして、その雪を道路に撒き散らした。
水路があるのだがほとんど水は流れてこないので「消雪パイプ」から
出てくる水の回りに雪を運んで溶かすことしかできないのだが
このところ続いた大雪で「消雪用の井戸」が枯渇したので
2日目は除雪車が町内の道路に出動してようやく道路が広くなった事を
見極めて雪を撒いたわけで・・・・

屋根からスノーダンプで雪を降ろすのはそれなりに楽なものであるが
落ちて硬くなった雪を処理するのは人力ではけっこう苦労する。
アルミのスノーダンプやスコップでは歯が立たずに
鉄製のかなり硬いスノーダンプやスコップが活躍するから
どうしても2種類の道具が必要になる。

3日目の今日は朝から晴れ上がったので「須原」まで遠征
自宅、小屋とも今シーズンはすでに3回の「雪降ろし」。
今回は小屋も一人で行ったが、雪が割合と軽くて締まっていたので
2時間ほどの苦役で終わった。

快い疲労感、この数日の晩酌ビールが美味いこと・・・
「大寒」だというのに体感温度は7,8度だろうか
長袖Tシャツ1枚で作業しても汗でぐっしょり濡れた。

まずは一段落で午後は懸案であった
「WindowsXP」「WindowsVista」が同居するマシンに「Windows7」をインストールした。
Vistaも7もあまり使いたくないがサポート用だからしょうがない。

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スコップを利用したアンカービレイ(自宅裏)

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カラビナに結ばれたザイル(自宅屋根にて)

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  除雪前の小屋全景          屋根の雪止めにアンカーを取る
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半分ほど降ろした屋根の様子
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全部降ろした屋根

2010年01月27日

つかの間の陽光

前日から晴れる予報があって、夜半に雪が止んだのだろう
パラパラと屋根から滑り落ちてくる音が止まった。
未明に除雪車が通る音からもなぜか雪の少なさが感じられた。

6時半、やや明るくなった窓から八海山が朝日に輝き始めたのが見え、
その後には公園の木々に纏わりついた樹氷がキラキラとまぶしい。
通勤の為か車のタイヤがバリバリと凍った雪を踏みしめてゆく音がするのは
晴れ間を保証する放射冷却によって如実になった現れだ。

玄関先の雪は珍しくホウキで掃けるほどの量と軽さ、
ストーブに大き目の薪をほおりこんで朝食の準備に入る。
今朝は知合いから貰った「マイタケ」が入った混ぜご飯、
大根、人参、牛蒡、蒟蒻などの味噌汁といった野菜中心である。
晴れた日は除雪作業も楽しいから大いに腹ごしらえ。

もうすぐ1月も終わりなわけで長期予報では2月からは急激に暖かくなるとの事、
けっこう裏切られた前半だったからあまり期待しないでおこう。
新調したスノーシューを使うシーンがまだ訪れないが
あのギンギンに凍みた雪の稜線を夢見て待つことにしよう。

20100127_8kaisan.JPG
テラスから見えた八海山

2010年01月28日

春の訪れ?

先般、いつも季節に応じたスローフードを頂くN氏から
魚沼産の「みかん」「夏みかん」「大崎菜」を頂いた。
普段は柑橘類(特にみかん)を食べないのだが
(山には大いに柑橘類を持参して食する)
今回頂いた「夏みかん」は酸味・甘味が好みであった。
「大崎菜」はご指導どおり、そのほとんどを「雪蔵」に入れて保存し
食べるたびにスコップで掘り起こして食べている。
所謂冷蔵庫の「パーシャル」状態で湿度は100%、気温は零度
そんな中で保存された野菜は旨みが凝縮されている気がする。

今日は季節の先取りをしようとスーパーで「メギス」を購入、
ついでに「ハタハタ」と「真ダラ・白子」も買った。
「ハタハタ」は軽く塩を振って後日の酒の肴に、
「メギス」は甘辛く炊きあげたし「白子」は当然のごとくポン酢仕立て、
本日の燗酒は美味かった。
節分はもうすぐ、気持ちは春にまっしぐら・・・・。

そろそろ寝ようと思ったらO女史から電話、
すぐ近くに居ると云うことで我が家を訪問したのだが
なんと車から村上産の「鮭の寒風干し」を取り出した。
いい按配に干しあがって美味そうな薫りがし、
有名な「高橋由一」の「鮭」を思わせる獰猛な顔が印象的・・・・
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「高橋由一」の絵画から


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村上の海風から魚沼の山風に移った鮭

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