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2009年10月 アーカイブ

2009年10月02日

茂倉岳から蓬峠へ

Y画伯から電話があったのが出発の2日ほど前で、当初は「万太郎山」であった。
地図やネットで情報収集した結果、どうも日帰りで周回するのは小生にはきつそうで
「茂倉岳」に変更してもらった。

茂倉新道はまさに「関越高速」の関越トンネル出入口付近から始まっていて
ブナとミズナラの原生林の間から高速道を走る車の姿が見えたり車の音を
聴きながらの急登はネズコの大木が尾根道に見え始めるころまで続く。
矢場の頭までほとんど休憩もとらずに歩き続け、朝日が当り始めたなかでようやく
小休止して眼前に広がる「万太郎」の姿やこれから登る頂上までの登山道、
ピークの陰に見える山小屋の姿を見ながら水を飲んだり糖分補給。

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矢場の頭から見えた高速の換気塔

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茂倉岳新道下部

このあたりから下草が刈り払いされていて朝露が気にならなくなった。
足元に「ウメバチソウ」の群落が目立ち始めてその白い花が疲れを癒してくれる。
立派な「茂倉避難小屋」は屋根が一部壊れていて今日(10・1)から補修工事が
始まる旨の張り紙が張ってあったが、ガスが湧き始めたから今日はヘリが飛ばないだろうし
明日からは数日間雨模様だし・・・

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茂倉岳新道上部

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ウメバチソウ

この頃からガスが濃くなって頂上は見えない。
相方はすでに山頂に向かって歩いている姿を時折見えたが群馬側から湧き上がる
ガスが山々を覆い始めたので小生も小屋の中を覗き込んだ後に早々に
山頂に向かって歩き始めた。
思いのほか短時間で山頂に至る。
「一の倉」方面のシャッターチャンスを狙っていた相方も視界好転をあきらめて
武能岳に向かうことにする
途中で今回初めてすれ違う男女2人連れの中高年、だいぶ疲れているのか
「あとどれくらいで茂倉岳ですか?」と聞かれたが2人の様子を見て「1時間弱」と答える。
いつも思うのだが難しい返答だと思う・・・。

ガスと群馬側から吹き付ける風で半袖のシャツ1枚で歩きつづけている体は
汗が出ない分、相当なエネルギを喪失しているのかややお疲れモード
全く視界がきかない稜線をただひたすらに歩きつづけて恐らく最後の登りと
思われる急登で呼吸を整えながら突破すると1759mの武能岳に到着。
1977mの茂倉岳から400m下降し、また200m登り返したことになるわけだ。
相方は待ちくたびれてお昼を食べ終えていたので小生もお握りを1ケほおばる。

さてここから蓬峠へはチシマ笹が広がるなだらかな丘陵地帯
強い風の通り道のせいか樹木は生長せずにチシマ笹だけが生き延びている。
快い下降を続けているといつのまにか清水峠、湯檜曽方面からの登山道が合流する十字路に出た。
蓬ヒュッテへは土樽方面に向かって少しばかり歩んだところに黄色の立派な小屋があった。
管理人は不在であったが休憩300円、ビール600円の価格表が入口に掲げてあった。

下降にいつも傷める左足のつま先を考慮してヒモを締め直す。
さあここからが不得意な長い下降、2ケ所ある美味いと有名な清水を
1・5Lのペットボトルに詰め込んでガスと強風が無くなった越後側を歩き始めた。
ヘビを見かけること4匹、アマンダレを少々、天然のサルナシを少々
傷む足を庇いながらいよいよ最もきらいな渓谷沿いの石が散在する河原歩き
堰堤ではすでに「茂倉岳」登山口まで車を取りに行って戻ってきた画伯が
日光浴をしながら待っていた。
あまり遅いから転落でもしたかと心配していたらしいが、蓬峠からの予定時間
2時間30分以内に着いたのだからそんな・・・

小生の予定では全体で16:00頃に到着すればいいかなと思っていたから
あまりにも早い行程だったので湯沢の「岩ノ湯」で汗を流して
かなり気温が上昇した魚沼の盆地をのんびりと帰宅した。
久しぶりの長時間歩行で疲れた。

2009年10月05日

ムラサキシメジ?

休日の晴れ間は朝からそわそわしてくるから不思議、
8時過ぎにはガスも晴れて青空が見え始めた。
このところ一緒しているS氏にメールを入れて里山トレーニングに誘う。

数日前に傷めた足の爪が変色してきたがはがれることはなさそうで
いつものトレッキングシューズに代えて徒歩で登山口にむかう。
気温が高くなって長袖のシャツを着込んできた事を悔やんだが
汗をかく為にはいいかと思いながら登り始める。

下の船窪あたりで人影を認めたら、なんとRタロウさんだった。
この大力山の主みたいな人なわけで、以前はよく山で会ったものだったが
最近は下界で会うことが多くなっていたのでなつかしく話し込む。
手には「アパッハジキ」(ナツハゼ)の実とナメコが入った袋をブラ下げている
頂上までご一緒してからS氏の沸かした珈琲を飲みながら四方山話をする。
さらに山中を彷徨うRタロウさんと別れてわれ等は下降にとりかかるが
今回はカメラを持参していないのでマムシに出会ったら残念だなと思っていたものの
蛇の類には出会わずに終わった。

但し、途中の登山道の真中に登りでは気がつかなかった「ムラサキシメジ」
らしき淡い紫色のキノコの塊をゲット。
図鑑やネットで調べたが毒キノコではなさそうな事だけは確かそうなので
とりあえず朝の食事時に一本食べてなにも無ければ夜の酒の肴かな・・・
(かなり香りが強いキノコだった、果たして無事に夜を迎えられるか?)

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ムラサキシメジというよりはハツタケに近いかな?

2009年10月11日

秋深まる

台風一過、大陸にあった寒気が勢いついて冬型の気圧配置である。
台風が去った後は好天が訪れるのが期待したのだが
北の国では雪が降ったり魚沼の里にも冷たい雨が降り続いた。

双眼鏡を手に「ナメコ」調査に歩き回った折に野生の「リンドウ」を手折ってきたが
最盛期を過ぎてしまって色あせが始まっていたのが残念。
友人達が云うには「キノコ」シーズンは1週間ほど早く訪れて紅葉も同様期間早まっているらしい。

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玄関に飾ったリンドウ

自然完熟を試みたが台風の前日にがまんしきれずに「サルナシ」の
最終収穫を終えたら友人から野生のものを頂いた。
ジャムは作って食べたし、追熟をしているものは「寒天寄せ」にする予定だから
「サルナシ酒」を仕込んだ。
それでもかなりの量が余るので知人に配ってPRに努めることにした。

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大きさで分類したものと仕込みを終えた「サルナシ酒」(ブランディー)

連休の最終日、ようやく秋らしい天気になったので
やや風邪気味の体にムチ打ってS氏と里山に向かった。
登り始めてすぐに右手の叢に「あまんだれ」発見、矢継ぎ早に
もう2ケ所ほどで採取したのだが、頂上直下でもなんとも見事な株を見つけた。
同行したS氏は採取するのが初めてらしく、それでも何株かは自らが
見つけて採取したわけで今回の里山網ではトレーニングというよりは
「キノコ採りツアー」になってしまった。

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20091012_naratake3.JPG

あまんだれ(ならたけ、ならたけもどき)

下山後はすぐに下拵えして「けんちん汁」となって近所の有志と
ささやかな宴の肴になったのはいうまでもない。

2009年10月16日

まむしゲット!!

里山歩きの先達であるR太郎さんが「まむし」を採取した。
宴の席や山で出会った時に「まむし」によく出くわす話をしていたので
まさかこんなに早く「まむし」をもらえるとは・・・・

彼らはビニール袋と棒切れがあれば簡単に捕まえて持ち帰ると云うのだがまだ現場は見ていない。
(棒切れで首根っこを抑えてそのまま袋に入れてしまうのだそうだ・・・)
いずれにしても小生には出来ないことであって機会があればその現場を見てみたい。

さて採取した「まむし」は一升瓶に入れて頭が出せる程度の数センチの水を注ぎ
幾度も水を替えて「まむし」の体内にある内容物を排出させる。
水が澄んだ頃に今度は「焼酎」を注いで熟成するのを待つわけで
半年くらいで飲めるというが、塗り薬には数年物が良いとも聞く。

因みに我が家には20年ものがある。
友人が新築のお祝いに貰って忘れていたものを持ち込んだもの。
すでに一升瓶から別の壜に移してあるので云わなければ「まむし酒」とは
わからないし独特の生臭さも感じなかった。

さて頂いた「まむし」は横浜は野毛にある無国籍料理店に嫁いだ。
一升瓶を箱に入れて上京し、仕事先まで持ち歩き、夕方に届けたのだが
当夜はテーブルに置いたその「まむし」を見ながら盛り上がったこと・・・・
その店の主は以前に「まむし粉末」を購入して飲んでいた事があるので
その「まむし」は果たして「酒」になるか料理になるか・・・・

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R太郎さんが作った立派なラベル

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まだ出発前の姿

2009年10月19日

秋の収穫・その2

土曜日の9時すぎに里山歩きの準備をしていたら
S氏からメールが入って浦佐の清水を汲んでいるので
これから「大力」どうですかとの問いに小生も準備中との連絡をする。

このところ毎週のように里山を歩いているのだが
秋はそれなりに収穫があったり爽やかな乾いた空気が快い。
その日も少しだけれども「アマンダレ」が採れたので2人とも
「キノコ眼」になって山頂をめざした・・・・。

美味い清水で煎れた珈琲を飲んで下山、
カメラを構えていると「マムシ」は現れない。
まだ紅葉が絶好期を迎えていないが深まり行く秋を味わいながらの里山であった。

岩手に住む姉からは「魚沼コシ」のお礼に「キンダケ」が送られてきたし
銀山で「ナメコ採り」をしている友からは「クリタケ」と「ひらたけ」が届いた。
里芋と茄子が入った「キノコ汁」を肴に飲むヌル燗の日本酒が秋の風物詩、


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採った時には白い菌が廻りに広がっていた、来年も・・・・

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栽培ものだがお化け”ムカゴ”、どうやって調理するか・・・

2009年10月27日

晩秋の守門岳

7:00に待ち合わせて2台の車で守門岳登山口に向かう
「二口登山口」の駐車場はすでに満杯に近かったが1台をそこに置いて
「保久礼」コースの入口まで高度を上げて走る。
駐車台数は少なかった理由はそこから30分ほど歩いて「保久礼避難小屋」に着いて解った。
小屋のすぐ下まで道路が出来ていて、そこの駐車場には多くの車が泊まっていた。
だが、大岳ピストンならそれでもいいのだが今回のように袴岳登頂後に「二口」へ
降りるとすると1台の車ならばかなり時間を戻らねばならないし2台でも戻る時間がもったいので
今回の駐車場でよかったと自らを納得させる。

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紅葉のブナ林に建つ保久礼避難小屋

肌寒い天候であったが歩き始めるとすぐに汗ばんでくる。
階段状の登山道に歩幅を合わせるのに苦労したが順調に歩いて
「大岳」には予定よりもやや早い時簡に到着。
青雲方面を見ると先行して歩いている人たちの姿が網張の急登をゆっくりと
進んでいるのがみうけられる。
太陽が出ていたらさぞや綺麗な紅葉風景だろうが、残念なことに曇天である。

小休止後に大岳から一度下って青雲岳もまで一気に登り返す行程が待っている、
青雲の休憩テラスにザックをデポして「袴岳」を往復した後に昼食となったが
あまりの低温に汗に濡れたシャツが不快で着替えたが朝から不調だった体が温まらずに
震えながらの食事、期待した太陽も結局姿を見せずに寂しく下降に取り掛かった。

二口のコースは地震や豪雪で荒れた登山道がだいぶ修復されていて快適に下り、
「護人清水」で水を土産用に汲んでからはハラハラと紅葉が散り始めたブナ林を
辿って駐車場に着いた。
約6時間の山旅、下山後に悪化した風邪以外はまあまあの休日である。

20091024_bunabayashi.jpg
二口コースのブナ林

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