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2009年08月 アーカイブ

2009年08月02日

ニセコ五色温泉

最後の仕事場「江差」ではネット環境が無い為に急遽、函館に移動
そして一泊した後そこから渡島半島を北上してニセコを通過するコースを選んだ。
今回は羊蹄山も姿を見せていたが、なによりもほぼ1年ぶりの「五色温泉」が
独特の熱い白濁した湯で迎えてくれたのが嬉しい。

今は小樽のホテルに滞在して数時間後の出港するフェリーを待っている、
朝食を終えチェックアウトしたら「朝市」で美味い魚でも見繕って
久しぶりの魚沼の里に帰るのだ。

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緑したたる山を背景に寛ぐ魚沼の民

2009年08月07日

北海道の印象、その1

とにかく北海道は広く、立派な道路が存在して、驚くほど車が走っていない。
某自民党若手(?)政治家が「熊しか走っていない・・・」と揶揄した高速道路だけでなく
立派な国道や道道ですら観光シーズンを終えたらまず車は見ないだろう。
それでも道路が多いのは明治以来続いた「北海道開発局」に注ぎ込まれた莫大な税金と
「沖縄開発丁」と同様、首都圏から隔離され差別化された過去のしがらみからであろう。
(屯田兵による農地開発、そして疲弊した現在の農業の実態、かたや沖縄返還による再開発)

決して破綻した「夕張」だけでなく道内のかなりの施設が放棄状態で主要都市の
駅前の通りはシャッターが閉まったままの店舗や空き地、テナント募集中の空きビルが
至るところに見られて、札幌以外は賑わいは見る影もなかったのが強い印象である。
 
業務上かなりの奥地まで車を走らせたが、果たしてそこには廃屋と放棄された
耕作地、牧場が目立ち雑草と潅木だけが密集した原野にもどりつつあった。
それでも浦河付近には著名な(小生は競馬知識が無いためレベルは不明だが)種馬の名前を掲げた
立派な牧場や小規模の牧場だけが密集していて、雨の多かった時期の広い牧場に数頭の親子の馬が
一日中牧草を食み、寝そべったりしている様は実に牧歌的である。
しかし、浦河のホテル支配人の談話ではひところの競馬ブーム以降は大きな商いはなく
廃業したくてもできないほどの借財を背負ったオーナーが多いとの話であった。

道東は馬を中心とした牧場、道央は牛を中心にした牧場や野菜農場が多く
気温の低い道東はいかに農業が向いていないかが知りえた。
また稲作は旭川から札幌にかけて盛んで、これは昨今の冷害に強い品種が開発されてからの
傾向と見られ、農業用水に関する近代化は魚沼の比ではない。
また馬鈴薯や玉ねぎ、ビート<甜菜:てんさい>、かぼちゃ、小麦、蕎麦、豆類の
栽培も地域毎に特化された栽培が行われていたが
所謂夏野菜(トマト、胡瓜、ナス等)はハウス栽培以外では望み薄で店頭でも地場産は
ほとんど無いに等しく、あっても貧弱なものである(これは以前行った北東北も同じ)。

とすると北海道はやはり広大な耕作地を生かした大規模な根菜類や直播き穀物
くらいしか採算ベースが成立しないのか?
牧場などから出る堆肥がうず高く積まれて放置されている現状を見ると
アンバランスな農業政策の一コマを見せられた想いであった。
(今が旬のソバの白い花が咲くソバ畑はそれはそれは見事で、蕎麦ブームである頂点に立つ
北海道産の蕎麦粉が育っている風景には感動した)

朝、ホテルを出発する時にまず行うことは「コンビニ」でお昼を買って車のガソリンを満タンにする事!!
市街地を離れたら道路沿いには店舗などほとんど無く飲食店の看板すら見受けられない。
主要幹線道路ですらGASスタンドはたまにあるだけで、今回は2回ほどお昼抜きで仕事をするハメに・・・
山奥深いところでGAS欠では携帯も通じる事もなく人家のある所まで徒歩ではどうも・・・。
というわけで朝飯はガッチリ食べてお昼はコンビニでサンドウィッチかお握り(弁当は需要がないのか皆無)
が定番で、お昼にお店で食事をしたのは数回であった。(市街地での仕事・・)

まずは全体的な北海道に関する感じたイメージを記述した。

2009年08月09日

北海道の印象 その2

<<蕎麦>>

あれだけソバ畑が多いのだからさぞ美味しい「蕎麦屋」が多いだろうと思ったが
残念ながら滞在期間中に2店ほどしか味わえなかった。
倶知安で入った店はキシメンほどの幅広い真っ黒なブキブキ蕎麦で
野性味たっぷりの歯ごたえで安価でさらに蕎麦饅頭がサービスで出た。
小生は盛りを1枚とかけ蕎麦を一杯を食べてみた、美味い!!
(冷たいのを食べてから気にいったら暖かいのを食べるのが昔からの手法)
店主曰く、原料の蕎麦粉は幌加内産が一番で当然店ではそれを使用していると言った

江差から函館に向かう海沿いの店は所謂「更科系」の細く真っ白な蕎麦で
高価で量が少なくてやや不満、このレベルでこの価格ならばどこでもあるわけで
やはり田舎蕎麦は無骨で安いのがいいな。

<<ラーメン>>

北海道と云ったら「ラーメン」でしょ、といわんばかりに都市部には
「ラーメン店」が多く計5店ほど味わった。
そのうち2店は街道沿いの普通の食堂で(そんな場合はかならず味噌ラーメンにする)
おどろくほどまずくも美味くも無かった。

旭川では2店、魚介類のスープを使ったこってり醤油ラーメン(スープがやや茶色)
どちらの店も濃い味だがけっこうやみつきになる。
函館でおすすめの店に入ったが、これは質、価格とも不満(けっこう観光客むけか・・)
やはり北海道のこってりラーメンは「西山系」の太い縮れ麺がよく似合うと感じた。

<<ジンギスカン>>

今回は旭川で観光客むけに作られた「大雪地ビール館」にて1回
札幌の知人から紹介された専門店にて1回、
小樽にて魚介類を食べたついでに出来上がった皿を1枚と計3回食べた。

「大雪地ビール館」では他の料理も頼んで2人前を地ビール飲みながらペロリ、
新玉ねぎが甘くて美味しかったが肉の量が少なかったような気がする。
それにガスの火床だったので味わいがない。

札幌で入った「だるま」ではカウターに炭がガンガンに熾きた七輪が置かれ
ジンギスカン独特の鍋に豚の脂身が乗せられてから無条件に玉ねぎとラム肉が
人数分ドカンと置かれるだけ、あとは自分でどうぞといったいかにも専門店。
他の料理は漬物とライスくらいしかなく、ここでも一人2人前食べてひたすら
ビールと日本酒を飲んだ。
実に美味く、タレの味も含めてラム肉の柔らかさが絶妙であった。
観光客も多くすぐに行列ができてしまう。

<<魚介類>>

浦河・・・焼き物:  時鮭のハラス、宗八カレイ
     煮物:   カスベ(ガンギエイ)の煮物
刺身:   ツブ貝 、イカ、タコ

釧路・・・昼に今期初水揚げのサンマを使った「サンマ丼」(サンマの刺身が乗っかっている丼飯)
     部屋食の為に市場で仕入れた生タコ刺身のシコシコした味わいが印象的、
     他にはクジラ、ホタテの刺身、イクラ醤油漬けを肴にホテルの部屋でワインを傾けた
     別の日の宴会ではホッケ焼き、焼き牡蠣、タコ、クジラザンギ
     (ザンギとは北海道での唐揚の呼称)、
     ホヤの塩辛、道産シシャモの干物炙り、イカとツブの握り寿司

厚岸・・・道路端の店: 生牡蠣と焼き牡蠣、
     宿での夕食: ホタテ、しめ鯖、ホッキ貝、カレイ、イクラ、クジラの握り寿司

納沙布岬・・・・カニの鉄砲汁(一杯\500だが大満足)

江差・・・イカ、アワビ、シイラ、ヒラメ、ツブ貝の刺身
     地魚の煮付け、ウニ玉子とじ

小樽・・・キンキ、ホタテ、ツブ貝の焼き物
     バフンウニ、タコ刺身

まあ以上がメモしてあった食べ物一覧

2009年08月13日

北海道の印象 その3

<農業アラカルト>
馬や牛の放牧場が広いことは承知していたが農園そのものも広く、いろんな野菜が
広大な耕作地に育成されていたわけで、驚いたのは農薬散布などのやり方である。
トラクターに農薬のタンクを積んで長いノーズの噴射器を両側に広げて(両翼約10m)
すでに生育した作物を踏み潰すことを厭わずに散布していた。
(その轍は何度も利用するのかクッキリしていたが、踏み潰された作物はやや悲しい)
山間地の棚田を見慣れた魚沼の民はそのダイナミックな方法に驚いた。

直播きと育苗、手作業と機械化、少量多品種と単品大規模など
地域性、耕作地の土地の形状などの違いがあるわけであろうが
歩留まりと作業効率のボーダラインは日本の農業の未来にどう影響するのだろうか?

北海道土産になる「メロン」と「トウモロコシ」はハウスものであるからあの高額な価格は頷ける、
露地物は天候に左右されるし、販売時期(観光シーズン)との調整もあるから
やむをえない事情は理解できるが、
日頃露地物を食べている魚沼の民としたら購買意欲はわかない。

そうそう、春麦の収穫を終えて乾燥した麦ワラを畑に運んでいた農婦に
何に使うのか質問したら畑の水捌けをよくする為に埋めて暗渠がわりにするとの話、
稲ワラより芯が固くてあの細い管状の繊維が良いのだと云う、
役目が終えたらそのまま土に戻るし、ウームと感心してしまった。

<漁業と農業及び林業>
北海道は一部の都市部を除けば「漁業」か「農業」が生活の基盤になっているように思われるが
どっこい居酒屋で仕入れた情報では「林業」も立派な産業のひとつであるという。
広葉樹はほとんど無く、ヒバやカラマツの植林が行われていたのだが・・・・。
確かに製材所の数は多く見られるし、原木を満載したトラックともよくすれ違ったし
林道の多さにも驚いたが、そのマツ類の原木は水に強い性格から河川改修用の杭や
合板の材料になるのだろうか・・・(合板工場は確かに多かった)

新築の住宅が目立ったのは海沿いの多く見られ、内陸部は新築の家屋は少なかった。
むしろ廃屋や耕作放棄地が多く目立って、やるせない思いに胸が傷んだ。
農業は年間を通して収穫が有り、農家の収穫の時期が限られているせいなのか
通りがかりで見ただけでは計り知れない問題が潜んでいるのだろう。


<湿原の効用>
釧路湿原から流れ出る河川の水はミネラルたっぷりのやや茶色がかった色で
昆布を育て、またその昆布を餌とする魚介類が育ってアワビやカキなどが特別に美味い!!
仙台の牡蠣養殖業者が海に流れ込む河川の水源に広葉樹を植林しているとの
ニュースを見たことがあったが、まさに豊な原生林は豊な海を育てるのだろう。

山はカンバ類(ダケカンバ、シラカバ)やミズナラなどの広葉樹が目立つのと
針葉樹が圧倒的な勢力をもって原生林になっていた。
湿原も高山で見られるような背の低い草が生えている湿原と違って
草原と海の標高差が無い河川脇に広がった遊水地的なものではなかろうか。

尾瀬の湿原もそうであったが北海道の湿原も雑木がジワリとその領域を侵食し
北海道では近年まで人間が埋め立てをして牧場にしたりしている。
そう遠くない時期に湿原は単なる原野になってしまうのかもしれない。

<地名にみるロマン>
「幸福」から「愛国」(ずっと昔に旅をした折購入した国鉄の切符)や
バブルの頃によく買われた「銭函」などの駅名はあまりにも有名であるが
北海道の山や川のほとんどが「アイヌ民族」が命名した名前が残っていて
無理矢理漢字のアテ字を埋めているものもあるが発音そのもののカタカナ表記も多い。

町の名前や都市の名前さえも似通った文字の配列が多く、
あまりに「別」や「幌」文字が目立つので
途中で北海道旅行のエキスパートである友人に問い合わせのメールを送って調べてもらった。
「別」は川の意で、芦別や江別など
「幌」は広いの意で、札幌、美幌、幌加内など 
面白いと思った地名は
「恋問岬」・・・・なんともロマンチックだがこれもアイヌ語のアテ字で「波が崩れる」の意
「美馬牛」・・・・美しい丘陵地帯で有名な美瑛と富良野の間にある駅名で「ビバウシ」と読む
「美笛」・・・・・なんとも良い名前だけど「美」が付くのは意外と多い、美幌、美瑛、美深、美瑛など
「風連湖」・・・・白鳥飛来で有名らしいが演歌にぴったしの湖

車で走りながらローマ字表記を呼んでいると飽きないから不思議だ。
有名どころでは「札幌」は「sapporo」競馬馬牧場で有名な「新冠」「niikappu」などで
「さつほろ」ではなく「サッポロ」、「しんかんむり」でなく「ニイカップ」なのである。

北海道の地図を見ながら漢字表記の地名をなぞるのも
長い夜を過ごすひとときのデッキチェア・トラベルとなるであろう。

2009年08月30日

北海道の印象  追伸

Map_Hokkaido.jpg
赤い線が今回の周回コース

総走行距離5,000kmを越えてしまった今回の「北の国」での仕事は電波調査。
まあ2011年までの期限が迫っている「地上デジタル」絡みであるが
内容はかなり技術的なものなので割愛する。
東京都心(東京タワー基点)、関西(生駒山)と続いてきた案件が
ついに北海道まで広がってしまった。(微妙に内容は異なるのだが)
いずれ本州の県庁所在地にも広がるかもしれない・・・・。

さて初日は夕方フェリーで着いた苫小牧から浦河の手前の静内まで走って宿泊
翌日は静内から浦河市街地まで走って雨の中で仕事、開始日から雨では・・・と
ややうんざりするが「梅雨の無い北海道」を信じていたから少し我慢。
浦河市には数日滞在、まさに競馬馬の街という風景の中で
電波送信所を中心に測定する為「カムイ岳」の麓の林道から
太平洋の海岸端まで走り回って一日大体200kmほどの走行。

長靴まで買ってしまったほどの豪雨続きの浦河地区を終えて
次の送信所である釧路までは調査で走った襟裳岬をショートカットして
峠を越えて広尾に出たのち、あとは帯広を横目に見ながら
ひたすら北上、移動だけで半日以上かけて走った。
こんな時に晴れてしまうのだから憎いものである。

初めて北海道の地を訪れたのは会社の後輩で免許取立てのH君と
上野から青森まで夜行列車、青函連絡船で函館、レンタカーを借りて
姉の住む八雲へ、寝具を積み込んで最初の野宿(車での宿泊)は
襟裳岬だった、そして「黄金道路」と云われていた広尾までの海沿いの道路。
(それは美しい風景の意ではなく補修工事で莫大な予算を食い尽くした道路の意)
今はどんな道路になっているのか見てみたかったのだが・・・・。

釧路はけっこういろんな所から道路が集まっていてその主要道路沿いに調査ポイントがある。、
釧路湿原のまわりをウロウロしたり林道を走って尾根を2つほど越えたり
いろんな釧路付近の姿を見させていただいた。
原野、牧場、農場、湖沼、漁港、水産加工工場、実に多彩な顔を持っている釧路である。
4日ほど滞在して「霧にむせぶ港町」の海の幸をたっぷりと味わった。

tantyouturu.JPG
仕事中の湿原で見かけた丹頂ツル

釧路からいよいよ内陸に向かうのであるが移動日を利用して厚岸や霧多布
納沙布岬、野付半島まで足を伸ばしてしまった。
当然、そこは牡蠣の名所であったり花咲カニの本場であるわけで
道路沿いの店で牡蠣(生食と焼き)とシマエビ(踊り食い)だけは食した。
その日は摩周湖の近くにある川湯温泉で移動日+休養日を楽しんだ。
翌日は峠(残念ながらカーナビは美幌峠を指定しなかった)を越えて北見入り、
北見は今まで見てきた湿地帯や原野の風景と異なって広大な農地が広がっていた。
いずれにしても山に囲まれた盆地で、まさに「ぼんち祭」なるものが開催中であった。
とにかく玉ねぎ畑が多く、あの独特の香りが農地に漂っていたのが印象的。
それに「ハッカ」の生産地としても世界的に有名らしく、歴史ある生産地だとか。
幼い頃嗅いだ、母が「ハッカ」の小壜から取り出した強烈な香りを思い出してしまった。

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小振りだが新鮮な取り立ての厚岸牡蠣

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これから皮を剥かれて胃袋に入るシマエビ

さて北見は狭い土地なので滞在は2日間と少なくそこからは有名な「層雲峡」を越えて旭川に向かう。
豪雨の中石北峠の長く曲がりくねった峠道をガンガン飛ばして行くのは
地元の車ばかりで、北海道の人たちは「地元ルール」があるらしく
信号の黄色はゴーで、制限時速は捕まらねばOKで30Kオーバーは普通。
どうりで死亡事故が多いわけだ。

上川あたりから風景が変って水田が見え始めた。(確か札幌付近まで稲作が盛んに行われている)
途中の案内看板にやたらに「旭山動物園」の文字が目立つようになって
さすがに昨今のブームに便乗した観光客囲い込み投宿したホテルにまで及んでおり
入場券セットの宿泊パッケージがフロントで宣伝されていた。
どおりで子供連れのファミリーが多く泊まっていたし、他のホテルの予約が不可能だったわけである。
旭川も各方面からの道路が集まっている地方都市で、今までと異なって車の数がかなり多くなったし
大規模店舗が目立ってきた他方、老舗デパート「丸井・今井」という有名が店仕舞いの
売り出しを行っていて地元のニュースでも大々的に報道していた。

sobabohana.JPG
幌加内の蕎麦が一番だという

旭川から札幌の間は高速で移動して時間短縮を図り札幌郊外から調査活動を開始した。
今回の調査で一番範囲が広く難コースがありそうな地域である。
電波送信所はスキー場で有名な手稲山で北は石狩を越えた海岸沿い、西は小樽、
南は支笏湖、北は岩見沢までが調査範囲となっていてこれを4日間で廻り終えるのはかなり大変。

最後は渡島半島の外れにある「江差」で札幌からの移動は大変な距離であった。
早朝、札幌から高速で八雲まで走ってそこから山越えして昼過ぎに漸く到着、
昔は「ニシン漁」で栄え、「江差追分」で有名な町であるが今は観光客もほとんど居らず
閑散とした街であったが魚だけは地元の港に揚った新鮮なものが入手できるらしく
飲食店で食べた地物鮮魚は格別である。

最終日は江差からどうしても函館に向かうことになって半島の先端をグルリと廻った。
道路は素晴らしく、常に右手に凪いだ海を見ながら函館に至り予定のホテルにチェックイン。
全てのデータを送り終えた翌日はフェリー乗り場である小樽に移動するだけで
遅めの出発ということにして大沼公園をかすめ再びの八雲を過ぎてから
寄り道すすることにしたニセコにある「五色温泉」で硫黄臭たっぷりの湯に浸かり小樽に向かった。

小樽では今回のツアーの打上げということで、夕暮れ時の居酒屋で生や焼いた魚を食べ
最後のチャレンジであった極上ウニを胃袋に納めた。
翌朝、雨に煙る小樽港を後に長い北海道のツアーが終わった。

さて先週は東京で1週間、CAD入力作業のお手伝いで出稼ぎ、
晩夏の灼熱日を事務所で缶詰状態だったが
来週は再びの北海道は富良野地区で新設された送信施設の受信調査にでかける。
十勝山脈はもう紅葉が始まっているかな?

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