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2008年10月 アーカイブ

2008年10月11日

魚沼から妙高へ(1)

山の友から誘われて再びの「火打山」へ出かけることにした。
前回は当時勤務していた会社の保養施設があって
そこのリゾートマンションに前泊して日帰りの山行であったが
今回は山中に1泊して「妙高山」も登ってしまおうと計画していた。

魚沼から妙高市までは十日町市を経由し、松之山温泉をかすめて
上越市・新井を通過して至る約2時間のドライブになる。
すっかり稲刈りを終えた棚田や薄っすらと色付いた山野を車窓に
幾つかのトンネル、峠を越えて妙高市に到着。
友は東京から高速バスと列車を乗り継いで「妙高高原駅」に到着予定、
久しぶりに駅前広場で列車到着までの時間を費やすが、
夏の避暑地リゾート入口・冬のスキーエリア入口としての華やかさは見受けられない。

列車からは数名の登山客が降り立ったが、はたしてそのなかに友はいた、
さっそく車に重そうなザックを積み込んで「池の平」の宿へ・・・。
1泊2食でなんと驚きの価格7000円で宿泊できる「とうせん」は
「いもり池」のバス停から見えるほど近いベストポジションだった。
さっそく源泉掛け流しの温泉に浸かってから再会を祝して乾杯、
何度か缶ビールを追加購入して四方山話に花が咲く。

結局、その日はわれ等2名のみの宿泊であったし
世話好きの女将がつきっきりでサービスをしてくれて
食べきれないほどのおかずが食卓に並んで日本酒の本数も
増えたが翌日のこともあるのでセーブして部屋に戻った。

この季節にしては驚くほど気温が高くて寝汗をかきながら
早寝をする。

魚沼から妙高へ(2)

5:00には目覚めて出発の準備、
6:30の朝食時間を待ちきれないほど充実した体調。
朝から「豆乳鍋」などを頂いてごはんも2杯食べてしまった。
車は「とうせん」の駐車場に停めておいてもらうことになったので
バス停までの数分の距離をザックを肩に歩いた。

バスは2名の先同者が居たのみで高度を上げて「笹ヶ峰」に向かう。
下草を綺麗に刈り払った杉林、高度が増すたびに色付きが濃くなる広葉樹、
放牧場の白樺に絡みつく蔓性植物の赤く染まった風景が通り過ぎた。
駐車場には20台ほどの乗用車が停まっていて平日だというのに驚く。

立派なゲートを潜っていよいよ登山が開始された。
黒沢橋まではゆるやかな登りで程よい汗をかくほどの距離、
橋のたもとでザックを下ろして何時もの半袖Tシャツ1枚になった。
山中は新鮮な飲料水が入手できないとの事でここが最後の水場、
清冽な山の水を飲んでから出発する。

「十二曲」と称される急登は幾度かつづれ折りを繰り返したら
難なく通過して見晴らしの良い尾根に出てしまう。
むしろ、この尾根道でグイグイと高度を稼いだようだ。
右手から迫った尾根とのコルが急登の終わりで、平坦に近い
高谷池ヒュッテまでの横歩きが始まった。

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富士見平付近

高谷池ヒュッテの三角屋根が視界に入ると同時に「火打山」と「焼山」の姿が
その背後に聳え立つのが見えた。
小屋前のテーブルにザックを降ろして早めの昼食準備、
レーズンパンと玉子スープ、珈琲の軽い食事を終えてザックをデポしてから
「天狗の庭」を経由して「火打山」に向かう。
木道や大きな石の上を歩いて幾つかの池糖が散らばった湿地帯を越えると
右側の尾根から頂上に向かう登山道が始まる。

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火打山


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天狗の庭付近


水とウィンドヤッケの入った袋、カメラだけの軽装だから歩みが速いので
あっけなく頂上に到着した、しかしガスが取れない為に視界は良くない。
しばらく滞在したが諦めて下山、再び高谷池ヒュッテでザックをピックアップして
今夜の宿泊場所「黒沢池ヒュッテ」に向かうことになる。

高谷池ヒュッテは妙高市が経営する小屋でけっこうな人気がある。
翌日に妙高山に登るにはなるべく近い小屋ということで「黒沢池ヒュッテ」に
停まることにしたが、いずれにしても自炊の予定だから小屋の混雑だけが気になる。

茶臼までは少しばかり登りだが後は横歩きで妙高山が迫ってきた頃に
黒沢池ヒュッテが建つ湿地帯まで一気に下ろされる。
高谷池。黒沢池のいずれの小屋も湿地帯の傍らに建つロケーションで
ゆっくり滞在もいいかもしれない。

さて黒沢池ヒュッテの水は煮沸すれば調理用であれば問題なしと確認でき、
チェックインを済ませた後に屋外のテーブルで小屋で買ったビール、
持参した沖縄・泡盛で大宴会となる。
毛糸の帽子、セーターにフリースジャケットで完全防寒して暮れなずむ紅葉風景を
愛でながら至福の時間が過ぎてゆく。

夜は19:30消灯、ストーブが灯された屋内は暖かく布団もフカフカ。
横になったらすぐに眠りに落ちた、多分19:00頃に・・・・。

魚沼から妙高へ(3)

小屋の食事が5:00と聞いていたが、
昨夜は早めに寝たせいか3:00頃には目覚めてしまった。
4:30頃には起き出す人もいたので5:30には荷物を纏めて
6:00には夜露の降りた表のテーブルで朝食の準備を始めた。

すでに高谷池方面から歩いてくる人、小屋を出発して頂上に向かう人
6:30にはほとんどの人たちが出発を終えてわれ等がほぼ最後になった。
2回の食事と水が少なくなった分ザックの重さが軽く感じる。
大倉乗越しまで一汗かいて登り再び妙高山の取り付きまで下降する、
友と「もったいない下降だね」などとブツブツいいながら歩く。
燕新道との分岐から妙高山への登りは一気に急登が始まって
頂上直下までグイグイと登ってゆく。

頂上直下の祠を見出したら、山頂はすぐその上だった。
昨日の予想では今日の方が良い天気を期待していたのだが
ガスがとれずに火打山方面の視界はほとんどない。
珈琲を沸かしドライフルーツとオレンジピール・チョコを一欠けらづつ食べる。
さていよいよ燕までの下降が始まるわけだ。

天狗平までの間にあったクサリ場は岩に丁寧にステップが切ってあって
初心者にはずいぶんと安心感が得られる心遣いがしてあった。
まあ、どのコースも下降しているときにはこのコースを登りに使うのは
大変だなと思うほどの急登に感じるから不思議だ。
天狗平で赤倉方面からケーブルを使ってくるコースと別れて
燕温泉のある渓谷に向かって下降が始まる。

ところどころ硫黄分を含んだ「温泉の臭い」が漂って
渓谷のその場所は硫化水素ガスの為か草も生えておらず
そのあたり全体が白っぽくなってなっている。
途中で燕温泉に直接下るコースが閉鎖されていて
麻平経由のコースは表示されている距離以上に長く感じた。

「河原の湯」は最奥にある露天の温泉で混浴、
唯一脱衣所が男女別になっているだけで大きな湯船がひとつの
新潟では唯一と思われる白濁した硫黄泉である。
池の平までのバスの時間がたっぷりあるのでゆっくりと浸かる。
時折訪れる観光客は先客の我等を見て諦めて帰ってゆくのだが
混浴というルールをよく理解していないのだろうか?

停留所に設置されたテーブルで珈琲を沸かして最後の食事、
まずビールを飲んで無事下山の乾杯してから残った食材を食べる。
スカスカになったザックには思い出だけが詰まっていた。

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天狗の庭から妙高山

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火打山から妙高山方面

2008年10月17日

薪運び・あまんだれ

Y画伯を介して知合ったM氏から伐採の情報を頂いた。
高圧電力線路関連の保守の仕事をしている彼はこの時期になると
電力線下の樹木伐採を地権者と交渉して行うのだが、
道路に隣接した場所の伐採が終わり、程よい広葉樹があると
地権者が伐採した樹木が不要であれば連絡をいただける
薪ストーブ愛好者としてはありがたい人である。

今回は栃尾市内の道路に面した林の一角、樹木は「タモ」
かなりの大木で本体は残してあったが枝と他の樹木が数種類。
丁度軽トラ2台分ほどの量であった。
杉も一緒に倒したのでその下敷きになっているのを取り出すのに
かなり苦労して上半身は汗でブッショリ、それにこの時期に
ヤブ蚊が多くて露出した顔や首など狙って攻撃してくるのが厄介であった。
耳タブや眉間のあたりを指されてまだ痛痒い。

M氏も作業開始に立ち会ってくれて
「あちらの叢にアマンダレが出ているよ」と教えてくれた。
軽トラへの積み込みが終わってから見回ったら
その量の多いことに驚き!!
残念なことにそのほとんどが育ちすぎて腐る寸前で
白い胞子を周りに撒き散らしていた。
それでもなんとか食べられそうなものを採取して帰ってきた。

この週末には再び「キノコ汁」でも作ってみよう。
できうれば自分の力で「あまんだれ」を見つけてみたい。

秋のごちそう

1.混ぜご飯
  ① 栗とムカゴ
     一般的には「栗ごはん」であろうが到来物の栗が少なく
     且つ近所の斜面で採ったムカゴが多くあったので
     いずれも半々ほどで塩、昆布、お酒を少量加えて炊いた。
     ごはんにムカゴの色が少し付いたが野性味が良い。
  ② ムカゴと枝豆
     来年の種豆として残しておいた「匂早生」がまだ青々していたので
     収穫して茹で上げてからサヤから全部取り出した。
     最初は醤油漬けにして食べていたけれどもムカゴが残っていたので
     やはり半々で炊き上げた。
     今度は醤油とお酒を加えてやや濃い味に仕上げた。
     たまたま遠方に出かける所用があってお握りにして持参、
     さすがに「魚沼コシ」は冷たくても美味い。

2.カキノモト(食用菊)
     いつも地元の野菜を購入しているJAの100円コーナーに
     あの薄紫色のカキノモトが出てくると日本酒のヌル燗が恋しい。
     ヘタを取り酢を垂らした湯でさっと湯がいてから冷水に放つと
     一段と色が鮮やかになって、それを硬くしぼってから器に盛り
     粉芥子を溶いた醤油を絡めて頂く。
     食卓の上で紅葉見物をしているようなほどの風景である。

3.アマンダレのけんちん
     アマンダレはなんと云っても「けんちん汁」だろう。
     拙宅では里芋、コンニャク、ごぼう、ニンジン、大根などを
     胡麻油で炒めてから炊き上げて最後にアマンダレを入れて
     醤油、日本酒、昆布出汁で味付けする。
     大体が2日目が美味くなるから不思議だ。

2008年10月20日

里山の秋

晴天続きで「里山」が呼んでいる気がした。
珈琲をテルモスに詰めて出かける。
アプローチは最近購入した「スーパー・カブ」である。
なんと云っても1Lで100km以上走る燃費なので
日常の移動は天気がよければバイクですませている。

毎度のことで朝が早いとクモの巣払いがひと仕事、
登山口付近で小枝を拾って前方を払いながら歩く。
途中で「ツルリンドウ」の赤い実を見つけた、
幼い頃はその赤い実が沢山ついたツルを首輪にして遊んだものだが
最近はその姿を見る機会が少なくなった。

あまりの好天で気温が高く、途中で半袖Tシャツ1枚になった。
登山道はすでに枯れ落ちた葉が敷き詰められており
かすかに腐葉土の湿った香りが漂っている。

最後のチェックポイントで時計を見て驚く、
そんなに急いだわけでもないのに1分ほど早い。
まあ、そこからの急斜面でどれだけ速度を維持できるかが
いつもの試練であって、息切れもせずに頂上に着いたら
今までの最速記録を30秒ほど上回る時間が計測された。

まだ鮮やかな紅葉は始まっていないが
薄っすらと色付いた風景を見ながら珈琲を楽しむ。
マムシの姿をカメラに収めようと準備していたが
いつもの場所には居なかった。

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里山の登山道から魚沼の里を臨む

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ミズナラの葉に出来た不思議な実

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ナツハゼの実

2008年10月24日

銀山・ナメコ

わが友、H氏の仕事小屋を訪ねた。
春はゼンマイ、秋はナメコと山仕事のベースとなる
銀山平に建つ山小屋である。

彼が山から「ナメコ」を採り終えて帰ってくる頃を見計らって、
ビール、泡盛、食材を車に積み込んで出発。
午後の遅い時間なのにまだ観光バスが登ってゆく、
その後ろについてしまったら途中で下りの大型バスとのすれ違いに
なんと時間のかかること・・・。
シルバーラインの狭いトンネルでの大型バス同士のすれ違いは
寸刻みの徐行運転で渋滞の元凶になっている。

さて銀山平では恒例の紅葉ビューポントまで車を走らせて
数枚の写真を撮ったのだが鮮やかさが例年並以下かな・・・。
小屋では大収穫で頬を弛ませた彼が末娘と分類・袋詰めをやっていたが
娘はそのナメコを下界まで運んで今日中に宅配発送するとの事。
数年前から「キノコ販売用」小屋を設営しなくなった分
常連客から注文の電話が入ってその量をそろえるのが大変との話。

形の良いものを袋に詰めて大きなものや形が崩れたものは
塩漬けにして保存し自家消費するのだという。
一回で30k以上のナメコを2回も運んだというから相当の量で
全ての作業が終わったのが19:00を過ぎていたが
その間に小生が炭を熾して料理を作り宴の用意を終えた。

年に一度、山小屋での2人きりの宴、
山仕事、写真、文学と話題は尽きない。
ビールはすぐに終わって泡盛の封を切ったが
小生は炭火でチンチンと沸きあがった湯でお湯割、
彼はほぼストレート、
ボトルが空になった頃は時計が1:00を過ぎていた。

驚くほど暖かい朝、お土産で頂いた「ナメコ」「天然ヒラタケ」
そしてこの春に亡くなった父上の形見として長い間憧れていた
木製の「背負子」を車に積んでどんよりとした曇り空の銀山を後にした。

お互い16歳の文学少年だった頃に文芸雑誌の投稿欄で知合い、
寄寓にも小生がこの魚沼に住むようになった最近までなんと長い付き合いの事か・・・。
詰襟姿のお互いの姿を思い浮かべながら飲む酒、年に一度の宴は終わった。

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銀山平・下荒沢付近1

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銀山平・下荒沢付近2

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H翁の形見としていただいた背負子

2008年10月28日

山の道具

先日H氏の父上が愛用していた「背負子」を形見として頂き
何かの機会に現役の道具として使うつもりで補修した。
汚れを落として古い背当て用の縄を新しい「麻縄」に交換、
塗料としての柿渋を2回塗りしたうえで「アマニ油」を染み込ませた。
これで風雨に対する耐性は充分であるが、
問題は肩紐である、前回の平ケ岳で使ったジュラルミンの背負子に
取り付けた肩紐を流用するのが穏当なのだが・・・。
とりあえずは塗った塗装が落ち着くまで玄関の装飾品になっている。

背負子を飾ったら傘立てに入れてあったピッケルも傍に置いてあげようと思い
玄関から見える場所に立てかけた。
このピッケルは「シャルレ・モーゼル、スーパーコンタ2」で30年程前に買ったもので
当時の給料の1/3ほどの価格だったような気がする。
冬山はやらなかったが春の残雪期には必ず同行した現存する最も古い道具である。
今はシャフトもアックス部分も一体形のメタル製で軽くて丈夫なものが主流、
シャフトがウッドのピッケルは欧州のレアな店以外では売っていないのでは?

山から帰ると必ず「アマニ油」を塗って陰干ししていたからシャフトは良い色だし
今年も数回、春の山に同行している現役の道具である。
こうしてH翁が愛用した背負子と同じ場所に並べておくとなぜか落ち着く。

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補修済背負子

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シャルレ・モーゼル、スーパーコンタ2

2008年10月30日

薪ストーブ・火入れ

好天が続いたあと雨模様が連続し
緩い冬型からやや明確な冬型の気圧配置になった途端に
北海道地方では平地でも降雪があったらしく
そろそろ冬の足音が聞こえてきたのかと思う昨今である。

つかの間の雨の止んだ時を見つけて
20日大根の種を撒き、種用・「匂い早生」も収穫を終えたし
ベランダ下の薪置き場に防水処置用ポリカ波板を張ったりして
晩秋の準備が進んでいる。

さて数日前から朝晩の気温が低くなったので
ついに「薪ストーブ」に火を入れる。
薪割で出た「木屑」を麻袋に幾つか保管しておいたので
まずはこれを全て燃やす事にして運び入れた。
やがて標準サイズに満たなかった細かい薪に移り
最後、降雪がある頃には太い薪に移行するのが恒例である。

近所の大工が端材なども持ち込んでくるし
自宅ベランダ修理で出た板切れなどもゴミとしては出さずに
大切な燃料として木の生涯を昇華させてあげる。
とにかく燃える樹木は最後に燃やしてあげるのがせめてもの
伐採され、いろんな役割を終えた彼らに対する愛情だと思っている。

原油価格高騰の影響というわけだけではないと思うけれども
薪ストーブの導入が盛んであると聴く、
まあ健康にもいいし乾燥の具合が誠によろしい。

ただ薪の入手が大変で自分でそろえる事ができる人は良いが
売っているのは一束500円ほどが相場らしく、それだと
今の我が家のペースだと一束は半日で燃やしてしまうほどの量だ。
自分で伐採、運搬、コロ切り、薪割をすればその単価が決して
高いものでなく妥当なものだと思うのだが・・・・・。

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チロチロ燃えるストーブ

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八海山の初冠雪

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越後三山の初冠雪

2008年10月31日

スローフード・パスタ

昨日のお昼はH氏から貰ったヒラタケが余っていたので
久しぶりにパスタとなった。

ハバネロを漬け込んだオリーブオイルを使い
きんちゃんのベーコンを軽く炒めた後に
地元で採れたブロッコリー、玉ねぎそれにヒラタケを投入、
塩・胡椒で味を引き締めてからアルデンテのパスタを加え
最後は夏に作っておいたトマトソース、バージンエキストラで仕上げの香り付け。

ヒラタケはなぜか油との相性が良く、ブロッコリーはベーコンと合う。
玉ねぎは相変わらず王道を歩んでいて、きわめつけはバージン・エキストラ、
高価だけあって風味がある
冷凍貯蔵してあったトマト・ソースもなかなか活躍している。

これが昼でなければワインでもといったところだが・・・・

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天然ヒラタケ入りパスタ

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