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2008年06月 アーカイブ

2008年06月01日

初夏の朝食

1人サマータイムは順調に続いている。
5時前の同じ時刻に目覚めるから習慣とは見事である。
今朝は5時過ぎに配達される朝刊を読んでから
雨上がりの畑で実った「イチゴ」の収穫を行い、
ついでに数個の「グミ」も赤くなったので摘み採った。

朝食はジャヤガイモとワカメにワラビを加えた味噌汁、
トマト、ジャガイモ、ベーコンをベースにしたオムレツ、
カブと胡瓜の浅漬け、「鯛の昆布〆」で残った昆布から造った「佃煮」
ご飯は当然「魚沼コシ」だ。
朝採り「イチゴ」は自家製ヨーグルトをたっぷりとかけてデザートでいただく。

今時の雨は水田の稲苗、畑に植えられた野菜の苗にとって
なによりのご馳走である。
雨上がりの朝日に水田の水面がキラキラと乱舞していた。

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摘みたてイチゴとタワラグミ

2008年06月03日

梅雨入り間近

関東甲信地方の梅雨入りが発表になったから
北陸地方はあと1週間後くらいに「梅雨入り宣言」がされるのだろうか
その前兆の小雨が午前中続いたが先週の週末から付近の山々が
「山開き」イベントを開き始めた。
以前はけっこう参加したものだが最近は大勢で登る山は苦痛である。
まずは歩くペースが合わないのも一つだし大体が梅雨の時期と重なるわけで
小雨の中をベタつく雨具を気にしながら歩く不快さががまんできなくなった。

できれば梅雨の切れ目を狙って葉脈に溜まった水滴に朝日が輝いている
風情を愛でながら残雪の残る山道を歩くのがよろしい。
気の早い夏の花達も梅雨の最中に満開になるものも多く、
シラネアオイやヒメサユリと出会うには雨を気にしていたらベストシーズンを
逃がしてしまうし、難しいところだ。

年に幾つかは未だ登った事のない山に行くのが楽しみで
今年はどこに行こうかと無想するのもこの時期である。
できれば残雪が豊かで、花がたくさん咲いていて・・・
などと地図やネット検索で机上の山行きが計画され
その幾つかでも実行できれば幸運なわけである。

2008年06月09日

病床の週末

よりによって週末に風邪をひいた。
長い間つきあってきた症状(ノドの痛み=>発熱)である。
そんな時にかぎって山行に誘われるから悔しい。

駒ケ岳に突き上げる「グシガハナコース」への誘い、
健脚のT夫妻からの電話であったが、症状が最悪の時であり
日曜日の朝までに治る可能性は限りなくゼロに近い。

食欲は失せビールを飲む気力すら無い。
最初の夜は喉の痛さにほとんど眠れずに悪夢の連続、
それでも昼間は週明けの仕事の準備で机に向かう。
ノドから発熱に症状が移行すると体がだるくなって
ますます食欲は失せるが水分だけはこまめに摂取、
2夜目は凍らせた「保冷剤」の入替えに冷蔵庫通いをして
明け方にようやく解熱、37度台から35度台の平熱に下がった。

解熱時に発汗した汗が下着をグッショリと濡らして
乾いたシャツに着替えたら幾分気分が良くなった。
以前から風邪くらいでは「薬」を服用しないように心がけているが
加齢による抵抗力が弱まっているから考えねばならない。
でも大体が週末に発病するから悔しい。

T夫妻から残雪豊な「駒ケ岳」の写真が添付されたメールが届いた。
タテヤマリンドウとシラネアオイが懐かしい。
梅雨の合間に登る山々の爽快さが感じられるアルバムであった。
感謝!!

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タテヤマリンド(T氏撮影)

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駒ケ岳頂上直下からの稜線(T氏撮影)

2008年06月10日

柳都「新潟市」訪問

風邪を無理やり閉じ込めて先週からアポイントが決まっていた会社訪問、
約束の時間よりも2時間ばかり早めに新潟市に着く予定で走った。
その理由は懐かしの「本町市場」を覗くことと「伊勢丹デパート」立ち寄り、
10年前の半分ほどの数になった「本町市場」の露店はもの悲しく
鮮魚店や惣菜店がひしめいていたマーケットも数店を残して撤退していた。

高校時代は古町付近には数ヶ月に1度くらいしか出かけなかったし、
ましてやその頃は「本町市場」には足を踏み入れすらしなかったが・・・・。
その後上京し帰省した折に訪問したりしたものだが
後に新潟市内で数年を過ごした時にはずいぶんと通った。
今でも盂蘭盆と年末には生家の墓参と挨拶回りのついでに
必ずといって良いほど訪れるのだが、今回はおまけ・・・。

まずはマーケットの最奥にある魚屋でいつもの「銀タラの味噌漬」を購入、
これは新潟市に転入した折に覚えた味。
それからお気に入りの乾物屋で作っている「昆布巻き」
(北海道は貝殻島の昆布と鮭のアラが素材の絶品)
と露店で新潟産の空豆を買う、
伊勢丹に移動してからはやはり10年以上は同じ店で買っている「鱒のカマ・甘塩」と
今回は新潟近海で揚った「アジ」と[飛魚」のを地元で干した物、それに和牛切り落としを少々。

仕事の前にすっかりと気持ちが豊になってしまった。
仕事の話は無粋なので省略。

帰宅後の食卓にはもぎたての「空豆」が山盛りにあったがすべて完食。
トビウオの干物は淡白で日本酒に合いそうだが今回は日本酒はなし・・・。
当分は贅沢な海の幸が食べられる、感謝!!

2008年06月13日

水辺の風景

週に数回、喫茶店主のN氏から10時か15時の
珈琲タイムに誘われて出かける。
この日も「薪割り機」引き取りを兼ねて15時に訪問、
昨秋に水草を綺麗に刈り取った静謐な水が流れる川に
今年もカルガモの親子が散策していた。

川の整備前には数組居たのだが草を採ってしまうと
隠れ場所がなくあまりにも無防備なせいか今年は1ファミリーのみ。
どこかで産卵してから子育てをこの川で行っている。
最初は10羽いた子ガモは1羽減ったらしい、
ネコとかトンビとかカラスとか敵は多いので最終的に何羽までが
巣立ちできるかわからないが
無事に大きくなる事を祈って散策姿を見ていた。
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カルガモ・ファミリー

2008年06月16日

蘇った「薪割機」

長い入院生活を終えた「薪割機」が蘇った。
Webサイトで見つけた「中古薪割機」が探していたスペックと一致し
写真と仲介業者の甘言を信じて電話で予約した。
さて5月の連休後に共同購入予定のY氏と現地まで引き取りに・・・・。
実物はどうも写真よりもダメージがひどく仲介業者の説明もだんだんと
後ろ向きになってきたが同等品が市場に出る可能性も少ないと思ったので
とにかく引き取って帰ってきた。

まず、タイヤのパンク(これは単なる空気漏れであった)
油圧用オイルの漏れ(タンクにヒビが入っていた)
各部分の整備不良(長い間雨ざらし状態?)
最悪はエンジンと油圧ポンプを接続する「カップリング」部分が
なんと溶接されていた(これは部品交換を怠って応急というよりは
エンジンか油圧ポンプのどちらかが壊れるまで使い切るつもりの処置か)
あとで溶接部分を削り取ってみたらエンジンの軸と油圧ポンプの軸を接続している
部分が滑っていて結局はエンジンの回転が油圧ポンプにほとんど伝わっていない。

以上はその道のプロである喫茶店主兼機械屋のN氏が分解しながら記録を
とって分析、修理、部品交換をしてくれた結果である。
メンテナンス、修理、部品交換を終えて試運転では20cmの丸太はなんなく割れた。
その後自宅に戻ってから今春に倒木したナラの大木を割る。

電気系はともかくメカニック系にはめっぽう弱い小生であるけれども
N氏との付き合いでチェーンソーの分解・組立を見たりして覚えた
2サイクルエンジンの原理や今回の「薪割機」復活の作業を見させてもらい
油圧系の動きを知ったことは大いなる成果である。

さてカラ梅雨が続く昨今、山になった丸太を割って積み上げねばならない。

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復活なった薪割機

2008年06月17日

地震・・・・

中国・四川省での大規模地震が世界のNewsになっている最中
日本・陸奥の地でまた地震があった。
仔細はメディアで溢れる報じられているからここに記さないが
幾多の地震を体験している身としては
本震は突然でショックはそれなりにあるが、余震によるストレスのほうが
ジワジワと迫ってきて精神的に強くないとけっこうトラウマとして残ることを
記して被災者へのお見舞いと励ましにしたい。

今でも「中越地震」の余震がたまにあるが、心臓がパクパクする事がある。
事象として絶対にこの家では大丈夫と思っていてもである・・・・。
今まで大きな地震を体験したことのない人が初めて大きな地震を体験したら
けっこうな精神的な影響はあるだろう。
それでも立ち向かねばならないし、志を強く持てば一歩が踏み出せる。

大きさの割に死者・行方不明者が少なくてすんだが
これは地域性や発生した時間帯もあろう、反面
道路というか地域(栗駒山付近)全体のダメージが大きいから
国土交通省(あえていうなら政治家の度量)が試されることにもなろう。
「山古志」のように湯水の如くお金をつぎ込むことになるかどうか、
地震列島に住む国民は直視せねばなるまい。

大変なのは今まで豊富な流水によって農業や養魚などを営んでいた
生産者が受ける影響である、中越地震でもそうであったが
大抵は水脈がズタズタになって中山間地での農業は壊滅状態である。
減反政策を続けてきた日本の農政、地球規模の食料不足を目の前に
相変わらず深夜まで「机上の空論」を霞ヶ関でやっているのでしようか?
政治家は赤坂あたりの料亭でたいして箸もつけない料理を前に
次の選挙や勢力争いの事だけを肴に一杯飲んでいるおだろうか?
少なくとも江戸時代の藩主や藩政は速やかに動いたはずである。

2008年06月19日

里の野鳥

この数日、野外で「薪割り」の作業をしているとどうも作業場所の近くに
「セキレイ」の巣があるらしく、その夫婦がムシを咥えて回りを気にしている。
もともと人を恐れずに人家の近くに営巣するからと思っていたら
隣家の自転車置き場に巣を作っていた。
あまりにも頻繁に小生を威嚇しながら給餌をしていたから覗きこんでみた。
確認できたヒナは5匹ほどでまだ目が開いていないが、あと2週間ほどで
巣立ちを終えるだろう。

以前はお蕎麦屋さんの荷物置き場(手が届くほどの場所だった)で
子育てをしていたし、なんとも人懐っこい鳥である。

今年はツバメが拙宅の軒下で営巣して抱卵中だ。
いずれも田圃や野原を飛翔してムシを捕らえているようで
益鳥としての地位を維持している。

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給餌中のホオジロセキレイ

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巣の中の幼鳥

2008年06月22日

電気屋さん

何を隠そう、小生は中学時代から「町の電気屋さん」になりたかった。
兄の影響で小学校の後半から「鉱石ラジオ」を作ったり、
家のラジオを分解したりと妙に「ラジオ」なるものに興味があって
中学校に進学してからは「アマチュア無線クラブ」なるものに入部したり
免許を取得してひたすらに「町の電気屋さんになるべく努力をしていたが
工業高校の電子科に入学したらあまりにも奥深い「電気・電子」の世界に
圧倒されて結局は一般的な技術者の道を歩んでしまった。

それでもたいていの電気製品は修理したり、分解して組み立てたりしたが
昨今の製品は基盤が複雑であったりチップ化されていて興味が薄れた。
部屋のライトに不具合が生じていたが取り外しに高い脚立が必要なために
調査を先延ばしにしていたのだがようやく時間がとれたので重い腰を挙げた。

3球のライトで1球が点灯に不安定さがあったので分解してテスターでチェックした。
いわゆる「イモ半田」が原因でその部分が接触不良による火花で黒く変色していたのだ、
100Vの電線が擦れていたのだから結構危険なわけで原因がわかって良かった。
数年ぶりで「半田コテ」に火を入れて「半田付け」をしたが、なんとも懐かしい。
あの秋葉原で購入した電子部品用の小型であるが、まだまだ現役で役に立つ。

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愛用の工具類

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分解中のライト

先週末に梅雨入りした魚沼も昨夜あたりからそれらしい雨が降ってきた。
全体的にはまだまだ雨量不足だが、最近の梅雨はシトシトした雨が降らずに
豪雨タイプになってきたのはやはり温暖化の影響なのか・・。

セグロセキレイの巣を覗き込んだらヒナはだいぶ大きくなっていた。
5羽だと思ったのだがどうやら4羽らしい、親鳥が1日中交代で餌給しているから
生長は著しく早いものでもうすぐ巣立つほどの大きさになりそうだ。

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だいぶ大きくなったセキレイ

2008年06月26日

初物ずくし

喫茶店主N氏から豆2種(隠元ともう一種は不明)、水菜を頂く、
ハス向かいの家の畑からは胡瓜が数本採れた。
豆類はさっそく茹でてサラダで食したが柔らかくて甘い、
まさに大地の美味さを満喫したような気分である。

胡瓜はつい最近、冬眠から眼を覚ました「糠床」に入れて
「胡瓜の糠漬け」として頂いたが、畑から直行したものをすぐに漬けたから
皮が柔らかくて糠味噌の旨みが果肉まで染み込んでいた
そんな浅漬けの旨みについついiビールのグラスがテーブルと口元の間を
何度往復したことか・・・・。

さて夕方にセキレイの親が餌を運ばなくなった事に気づき、巣を覗き込んだら
見事に「巣立ち」を終えていた。
まだ背中がグレーの小さなセキレイが電線に止まって独り立ちの準備をしている。
なんとなく飛ぶのもヘタな様子だけれども猛禽類にねらわれなければ良いが・・・・。

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巣立ちを終えた空の巣

2008年06月29日

病みあがりの山、そして満開のヒメサユリ

T夫人からの守門岳登山の写真(ヒメサユリ)に触発され
恒例の「浅草岳・ヒメサユリ詣」を考えていたが
梅雨の合間の晴れ間と絶好の時期を迎えていたので
勧められていた「鬼が面」へ出かけた。

前日の朝に判断して果物のみを購入、
当日は水だけを用意してコンビニで朝食を買って登山口へ
R252の気温掲示は16度、やや肌寒いほどの冷気である。

6:00、一番のりで歩き始めたる。
昨年の残雪期に歩いただけの山道であるが
無雪期の山道は踏み跡も明瞭でなかなか良く整備されている。
(これは高圧線保守の為に整備しているからだろうか?)
横歩きで幾つかの沢を越えるとマイクロウェーブ中継所までの
急登が始まって、やがて快い汗をかき始める。

中継所で水とバナナを摂って小休止、病みあがりの割にはまあまあの体調で
新調した速乾性シャツもなかなか快適。
再び作業用の広い平坦な山道を歩いていると鳥の鳴き声や風の音が
ひとりぼっちの歩行に心地よい。

やがて南岳に至るゆるい稜線歩きが始まって
前方に浅草岳の姿が見え隠れする。
ようやく南岳から「ヒメサユリ街道」の全容が見えた。
遠目にも淡いピンクの群落が連なる風景が次のピークまで連続していた。

まさに花房を膝で押し返しながらの歩行、
どうして登山道に倒れこむように咲いているのか不思議だが
小振りの花たちが愛しい。

気温が上昇してさかんに羽虫が飛翔する「鬼が面」山頂で大休止、
おにぎりを頬張りながらしばしのひと時を過ごす。
今回は車回収や目的が「ヒメサユリ詣」なのでここで折り返すことにする、
次回は機会があれば浅草岳にぬける準備をしてからこの先を歩いてみよう。

帰り道では軽く20人を超える登山客と擦れ違って
この時期の「鬼が面」登山が有名になったことを肌で感じた。
11時前に登山口に戻って気温が上がってムシ暑い下界へと向かう。

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ヒメサユリ街道

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ヒメサユリと浅草岳

2008年06月30日

鴨ファミリー遊覧

懇意にしている喫茶店(F・カップ)の裏には魚沼三山の伏流水が
湧き出した清流が流れている(源泉に近いからまだ水はきれいだ)。
昨年も鴨の親子がその流れに遊んでいる様をほほえましくみていたが
先日は9羽のヒナを連れた姿をみていたら今回は10羽に増えた。
体調が悪くどこかで隠れていたのか、今はまた一回り大きくなって泳いでいる。
2週間で巣立ちを終える「セキレイ」などは別として
けっこう長い間、10羽も育ちあげる親もえらいものだ。
水草だけを食べているのかと思っていたら水中生物を捕捉しているらしい。
カエルや小魚、昆虫などが滋養たっぷりで、そんなものが多く居る川だからこそ
子育ての場所にしているのだろう、いずれにしてもそこはサンクチュアリである。

一部の子供達が悪さをするくらいで比較的このあたりの人は
ここの鴨に対しては優しいようで安心しきった遊覧風景が見られる。

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鴨ファミリー遊覧(N氏提供)
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鴨夫婦?(N氏提供)

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