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2008年02月 アーカイブ

2008年02月05日

雪崩・遭難雑感

この数日間に雪山での事件が数件あった。
ひとつは「栂池スキー場」での雪崩による死亡事故、
これは閉鎖された林間コースに入り込んで新雪雪崩に遭遇した
若い初心者スキーヤーで、引率した講師はいかにもベテラン風。
「コース閉鎖」を「コース整備」の為と勝手に思い込んで強行突破、
斜面を横切る形で作られた林間コースは当然片側斜面からは雪崩の
リスクを覚悟せねばならない。
以前に近くのスキー場で一般ゲレンデの最上部が全層雪崩で崩落したが
これはあまりの多い積雪で斜面に断層が出来ていたからで、予測は不可能だったらしい。
だが今回の事例はスキー場がコース閉鎖とアナウンスをしていた事から
同様な雪崩が起き易いコースであったということか。
昨年の初冬に大雪山系で起きた新雪雪崩と同様、急激に積もった乾いた雪は
かなりの確率で雪崩れるという事実を認識せねばなるまい。

広島のスキー場で「ベテランボーダー」がオフ・ピステを目指して
山頂に向かって行方不明、2夜を山中で明かして生還した。
詳細はわからないが広い稜線で下降すべき方向を誤って島根側に
滑り降りてしまい、運良く山中の廃屋に出会ったから良かったものの
装備や食料を考えたらあまりに安易な冒険であるまいか。
それも30歳代の壮年である。(まあ、その年代だから生還できたのかも)
近年、若者達は総じてボードに興じ、ある程度の技術が身につくと
圧雪されたゲレンデから新雪のコースへと目を移してくる。
それがスキー場の禁止区域である場合が多いし、常にパトロールと
場内放送で注意されているがまれに事故があって、数年前には
アライMtでコースの外れにある渓谷に永遠のジャンプをして亡くなった。
ボードは両足を固定して斜面を滑っているうちは良いが、
登りの斜面に出会ったらどうしようもなくなる。
以前に出会ったオフ・ピステのボーダーはスノー・シュー、ストックを持参、
ザックの背負っていたが、これが正しいスタイルだと思う。

もう1件は谷川岳山系の「平標山」への山スキーに出かけて行方不明に
なっている事件だが、これままだ未発見。
50歳の単独行であるから相当な経験者であると思われるが
今回の雪では天気予報で「雪崩注意報」が出ていたくらいの降雪量であったことから
あの山域では当然のことながら雪崩は発生する可能性は大きい。
(捜索ヘリからは雪崩跡を何箇所か発見)
単独の冬山は遭難のリスクは限りなく高いので覚悟があったのだろうけど・・・。
(小生も若いときは残雪の山を単独行で歩いたが、けっこう注意して行動していた。
 最近は厳冬期に雪山は単独では里山以外は歩かない)

2008年02月09日

枯木叉集落と巨大杉

Y画伯と雑談をしていて彼が最近の作品テ-マである「巨木」の話になり
すでに刷り上った木の種類をあげていたら突然に彼は「杉だよ!」というと
その巨大杉に関する情報を語り始めた。
病み上がりでいささか元気のない小生は相槌をうっていたが彼はすぐにでも
その場所に行きたい願望が沸騰してきている。
まあ、芸術家というものはそんなものだと彼とつきあって慣れてきたので
午後からその場所に同行する事になった。

そこは南魚沼市から十日町市に抜ける魚沼丘陵の一角にあって
地名がなんとも絶妙なもので「枯木叉地区」という。
小出方面からR17を南下して浦佐を過ぎてから十日町に抜ける道路を
走ると後山トンネルを潜りぬけた。
昔はつづれ折りの難所だったらしいが今は立派な道路である。
魚沼から十日町に抜ける峠道として冬季でも開通しているものは
幾つかあるが、これも「道路特定財源」で出来た一応
「地方には必要な道路」なのであろう。

「枯木叉地区」はその道路から枝道に入った山間部にある。
途中で見かける家屋は悲しいほどの廃屋ばかりであった。
当日は除雪車が先行したばかりの快適な道路であったが、人の住まない
集落でも除雪する懐の大きさに驚きながら現地についた。
(実はメインの道路から雪道を歩く覚悟はできていた)

神社に寄り添うがごとく林立するその姿は高潔で凛々しく
また深い雪の中で集落の人たちが離村した事実にも対峙して
渓谷の片隅で天に向かって聳えたっていた。
樹齢800年、高さは33m、枝回り20m、周囲8mの巨木である。
天然木らしく根元から幾本かに分かれた幹は全て天を仰ぎ、
チラホラと舞う雪のなかで孤高を貫いていた。

帰りには「限界集落」となった東枯木叉集落を訪ねたが
そのほとんどの家が冬季には住んでおらず、
山の斜面に張り付いたような家から年老いた男性が出てきて
除雪を終えたばかりの道路を遠く離れた隣家へと歩む姿に
今後も増えてゆく現実の集落の未来を見た。

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巨大杉と魚沼の民(大きさがわかるかな?)

2008年02月11日

快晴の大力山

前日からの天気予報で好天が期待された。
目覚めたらまだ濃いガスの中から薄っすらと見える山の姿を確認し、
病み上がりで躊躇していた里山の雪上歩きに出かける準備を始めた。
500ccのペットボトルに水を満たしテルモスに熱い珈琲を入れる、
最近気に入ったミニサイズのあんドーナツを2ケ追加した。

足元はスパイク長靴にカンジキ、フリーサイズのストックも荷台にほおりこみ
いつものザックにカメラを入れて出発、
放射冷却で道路はバリバリと音がするほど凍りついている。
登山口では他の車は停まっていないし新しい踏み跡も確認できない、
昨夜降ったらしい雪がふわりと踏み跡に積もっていた。

思った以上にトレールがしっかりとしていて気持ちが良い、
運動不足の体にもたいした負担もなくグイグイと高みに体を押し上げる。
無雪期と同じように途中で休憩もせずにゆっくりとしたペースで歩くが
汗は同じように流れるもので、すでに2枚のシャツは汗でぐっしょり。

予定したように無雪期の倍の時間を費やしたが快調な歩行であった。
360度全ての山々が見渡せるほどの透明感、気温は低いものの
太陽の光が優しいし風もないので上半身裸になって着替えても
寒さは感じない、気温は2度だったけど・・・。

頂上では水を少々飲んでから珈琲であんドーナツを流し込み10分ほど滞在、
10数枚の写真を撮ってから下山にかかった。
途中でこの山で知り合った(実は同じ町内の住人であった)ご婦人と会う、
旦那は肉離れで養生中との事、そのすぐ後に単独の男性ともすれ違うも
晴れた日の大力山にしては少ない登山者の数である。

年末年始を挟んで病を患い「里山詣」もしていなかったわけで
今回が本年の「初大力山」である。
体調も足の調子もまあまあだ、いよいよ残雪のシーズンが近いし
体調維持に留意したい。

20080211_3yama.jpg

大力山からの越後三山

2008年02月19日

雨水

暦はようやく春の足音を見せてくれた。
先週の中頃から降り続いた雪も今朝方には止み
雲の間から薄日すらも覗いた日中である。

満を持して屋根に登る、1mほどの積雪であるが軽い雪だ。
前回で今シーズンの雪下ろしは終わりかなと思っていた後での寒波、
累計の積雪は多分2m以上はあったと思う。
自宅の屋根の面積は狭いから1時間ほどで終わったのだが
下ろした雪の始末にまた1時間以上がかかってしまった。

なにしろ人力に頼らざるを得ないのが現実。
(最近は除雪機を導入した家が多い・・・・)
1年にどうしても機械の力が欲しくなる事は数回あるが
軽自動車1台分の購入価格に投資する余裕はないし
今後の「暖冬小雪」化を考慮すれば購入は躊躇する。
(まあ自分の体力をどこまで維持できるかのほうが問題・・・)

自宅終了後、案外と体力的な余裕があったので
午後は須原の山小屋に出かけることにした。
須原の小屋が行き止まりの道路に面しているいる為
下ろした雪を除雪車が処理してくれるので楽である。
自宅・小屋とも今シーズンは4回の雪下ろしをやったが
自宅は全て一人で行い、小屋は2回を一人、
2回を友人に手伝ってもらった。
友人はけっこう回数をこなしているので安心して任される。

なにしろ高床なので屋根の上は高度感があるし
事故の恐れもあるため必ずザイルでビレイをとって作業する。
新聞やTVニュースで除雪の為に屋根から落ちて亡くなる話が伝えられると
それが絶対に自分に起こらないと決め付けられないわけで
ザイルで安全確保を行っているわけである。

須原からの帰りにパラパラと雨が降ってきた。
暦は正直だ。

2008年02月22日

里山詣で

前日の午後あたりかtら青空が見え始めてきたし
未明の空には冴えざえとした月光が雪面を照らしていた。
数日間続いた寒波も去って絶好の山日和なわけである。

朝食もそぞろにテルモスに珈琲とカステラを一切れ
ザックにほうり込んで凍てつく表に出ると頬がキリキリと痛い。
ツボ足歩きですまされる事を期待していたが
硬いのは表面だけで長靴だけだとズブズブとぬかってしまう。
結局、最初からカンジキを履いて歩き始めた。

前回の降雪以降歩いたのは小生が最初らしく
トレースがない事の苦労は久しぶりに味わった。
それでもクルブシから10cmほどの沈み込みだけですんだのだが
沈んだカンジキを引き抜く労力のほうが負荷が大きく
行程半分ほどで汗だくになってしまった。

朝日をあびた雪面はキラキラと輝き、
兎の足跡が凍った雪面に滑った跡が何箇所かで見られる。
吹きさらしの尾根に出ると雪は急に硬くなってきた、
最後の急登を終えると広い雪原に立ち木が幾本か頭を出している。

休憩舎の屋根には前回よりも幾分雪が積もっていて
その後方には三山が何時にも増して聳えて見えた。

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山頂に続く雪原

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麓から続く自らが歩いたトレース

2008年02月26日

春の淡雪

再び低気圧の2つ玉が現われて強風が吹きまくり
日本海側の港では高波が押し寄せて被害も発生した。

冬にこの2つ玉が現われると山は相当に荒れるのだけれども
今回は海が荒れまくって海沿いを走る鉄道は軒並み運行見合わせ、
スキー場のゴンドラも運行中止になって頂上駅に残されて
初心者は下まで降りるのに大変だったようだ。
須原スキー場でシーズンに1回行われるカーニバルの花火を
宴会をしながら楽しむために都会から来た連中もそれに巻き込まれたが
花火が上がる頃は風も止み淡雪が舞う絶好のコンディション。

建物が揺れるほどの腸に響く轟音に酔いしれ
間直に迫る満開の花火に杯を持つ手がしばし止まっていた。
地酒はやはりその酒が仕上がる土地で飲むのがいちばんと
冷酒をあおり、絶妙の「アンコウ鍋」に箸が止まらない。

我が家では例年になく遅く仕込んだ「ドブ」がようやく醗酵を始め
フツフツと泡立っている。
はるか昔に山形の「出羽桜酒造」が作った「春の淡雪」というやや濁った色の
フルーティな生酒はきっと舟口の一番しぼりだったのかなと思ったりしている。
まだ醗酵途中のドブを柄杓ですくって味見をすると
スパークリングワインのように口内でプチプチと弾けて
濃厚な酒酵母の香りが広がる。

さて今年の「ドブ」は桜が咲く頃まで保存できるであろうか?
なごり雪を見ながらの宴が待ち遠しい昨今である。

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じっくりと醗酵するドブロク

2008年02月27日

黄砂

先回、里山を歩いた折にも気づいたが今日の除雪でも気になってしまう。
この時期から晩春にかけて降る雪が大陸から押し寄せる「黄砂」
混じりの黄色の雪がスコップのなかでニヤリと笑っていた。

冷凍食品なるもののお世話になったことはあまり無いし
乾燥シイタケや乾物物は特に「大陸産」は購入しないけども
黄砂混じりの雪だけはどうしようもない。

積もった雪の層の断面を何らかの機会に垂直に削った時に見られる
階層の雪の色付きはすぐに「黄砂」とわかる。
残雪の尾根歩きをした時などは急斜面でステップを切ると
幾層にも分かれた黄砂の片鱗が時系列に刻まれているのが現われるのだ。

酸性雨、黄砂、海岸に打ち寄せられるプラゴミなどが目立つ時代になった。
フランスはテーブル全体にパン屑が落ちても気にしない、
(だからテーブルクロスを客の入替える度に交換する)
かの国では床全体に食べカスを捨てるのが一般的、
(一日の終わりにオガクズを撒いて清掃する)
日本では皿から少しでも食べ物が落ちたら親に怒られた
(今はそんな厳しい家庭はないか・・・)
まあいろんな習慣があるにしてもあまりにも自己チュウな「かの国」で
オリンピアードが開催されることにまだ納得できない。
決して偏見ではなく、繁栄の裏に隠れた悲惨な事実を公表できない
一党支配のヒエラルキーに依存した体制を憂いているだけである。

片や再び「東京」で開こうとする尊大な首長にもあきれるけども・・・・
(そんな事より自らが決定した偉大なる政策の「XX銀行」、そして
経営破綻直前の事をもっと考えたらと思ってしまう)

いま地球は病みに病んでいるし
相変わらず緑地は砂漠化して破滅へのスパイラルに飲み込まれようとしている。

2008年02月29日

晴れた日は里山詣で

この冬は「晴れたら里山詣で」をモットーにしていたから
今朝も当然のことながらウキウキと準備をしていたら
家人も登りたいと云う。(というよりもカンジキを履いて歩きたい)
まあ、登山・スキー歴は長いし最近は街道歩きや東海自然歩道などを
歩いているから体力的な問題はないものの、カンジキ歩きはどうかなと思った。

登山口には知人のものと思われる車が停まっていたから
これはついていると思った。(トレースが付いている)
道路でカンジキを履いて、1m以上上にある雪原に体を押し上げる。
思った以上に柔らかく少しばかり不安を感じた。

それでもブナ林の中に付けられた踏み跡の上はしっかりとして
サクサクとピッチがあがるし家人も思った以上についてくる。
最初の急斜面の途中で先行していた茸採り名人のT氏が
スノーシューで駆け降りてきたのに出会う。
令夫人もすぐに降りてきてご挨拶、トレースのお礼を云って別れる。

最後の急斜面でも呼吸は乱れず、汗もかかない。
ルンルン気分で頂上に着いたら家人も楽しそうに到着。
生まれて初めての「カンジキ歩き」を満喫したようである。

頂上から見る越後三山の姿や魚沼市の市街地を俯瞰する眺めに
「晴れたら里山詣で」をモットーにしている小生の気持ちを
充分にわかってもらえたらしい。

20080229_dairiki01.jpg

大力山の登山コース

20080229_dairiki02.jpg

最後の急登を登る

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