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2007年01月 アーカイブ

2007年01月02日

元旦登山

大晦日の夕方に「里山元旦登山」を約束した。
パートナーは近くに住むY画伯である。
年末の降雪が終わってからは天候が安定してきたし
予報では「晴れ」、前日の夜にも星が見え始めた。
昨年は豪雪の中で元日は快晴で遠目にも山頂付近を歩く姿を
うらやましく見ながら来年はと思っていた。

さて当日は靴底の雪が「バリバリ」と音をたてるほどの放射冷却の朝、
吐く息が真っ白になる冷気のなか出発。
駐車所には他の車がなく、われ等がラッセル担当になる様子。
樹林帯はスノーシューの爪がよく利いてガシガシと高度を稼ぐことができたが
画伯が心配したようにいたるところ潅木が雪の重みで倒れかかっていて
歩きつらくて夏道のとおりには歩行できずにつらい。
それでもトップを歩く画伯は「やぶこぎ」のプロらしくぐいぐいと
力ずくでラッセルをしながら飛ばしてゆく。
潅木の根元に隠れた穴に足をとられたり、余分な迂回をさせられたりと
最初のルート作成はけっこう大変だが彼はむしろ楽しんでいる様子。

「うさぎ」や「かもしか」の足跡が新雪の上に散らばり
ところどころに小動物のマーキングがやや赤みがかった黄色の染みを残している。
すでに下着は汗でぐっしょりだし、顔からは汗がしたたり落ちる。
セーブしたものの「大晦日」のアルコール分が一気にほとばしり出た様子。
無雪期の倍はかかった山頂へのゴールイン。
ペットボトルの水を一気に半分ほど飲み干してようやく風景を見る。
雲が薄く広がっているものの八海山、駒ケ岳が朝日に輝いている、
眼下の山野は暖冬小雪の影響で多くの木々の梢が雪の中から頭を出して
なにやら山水画のようである。

リンゴを齧り珈琲を飲んだらあとは下るだけである。
画伯はまたまた飛ぶように駆け下りてゆく、小生はどうもスノーシューでの
下りは苦手であって、昨年の春にもずいぶんと転んだから今回は慎重。
途中で年配者とすれ違ってすこし下ると画伯が数人の人たちと談笑しながらまた登ってくる。
なんとそれはわれ等より先行していると思った人たちで、
すでに初日の出を別の山で終えてからこの里山で宴会をやる為にまた登ってきたという。

宴会への参加を促されて再び急斜面を登り始める。
半分ほど下っていたが、今度は踏みしめられた雪道だから
楽なペースで歩くことができた。
慣れたものでスコップで宴会会場の設営にかかるメンバー、
ザックから次々に出てくるお酒とおつまみ。
そのうちにもうひとグループと単独行の男性が到着して
それぞれが宴の準備をはじめている。
われ等と違って、最初からそのつもりで来ているので手際が良い。

ビール、ドブロク、菊水のアルミ缶が雪のテーブルに並ぶ。
鴨肉ローストのつぶ胡椒和え、ホッケの飯寿司、お新香、きのこ煮物など
いやいや驚きの宴会料理です。
そのうち絵描きグループの人たちはスケッチを始め、我等はそろそろ帰る準備、
再び登り返した苦労が吹き飛ぶごちそうにお礼を述べて
薄日が差し込む里山の頂上を後にした。

2007年01月03日

上州・岩櫃山

昨年末に登る予定であった「岩櫃山」は
吾妻線の「郷原」駅からすぐに登られる「ミニ妙義山」と
云われるほどの岩山である。
国道352を前橋方面から草津方面に走ってゆくと
原町駅を過ぎたあたりから
右手にゴツゴツとした岩山が見えてくるのがそれである。

車を停める場所があまりないが、強引に最奥まで入って
貯水槽の近くの空き地になんとか車を停めて歩き出す。
今回もY画伯から誘われた山であり、彼は以前に上っている。
最初から杉林のなかの急斜面をぐいぐいと登って岩と岩に挟まれた
コルまではかなりのアルバイト。
そこからは岩場が続くが、一番の難所である「天狗の架橋」と呼ばれる
痩せた岩尾根はたしかにスリル満点。
そこを越えて幾つかのクサリ場、鉄梯子を登ると頂上である。
802mという標高は360度の風景が楽しめて、
県境の雪雲に隠れた谷川岳、上州武尊 や赤城山などが
晴れ渡った北上州の青空の下に広がっている。

下山路は北東ピークを越えてどちらかというと森林帯を歩くと
広葉樹やモミ、それに岩ヒバの林が次々に現われてくる。
一面にブナの落ち葉に覆われた登山道を滑るのに注意しながら
下ったが、やはり一度滑ってしまった。

出発から2時間弱、魚沼では信じられない乾いた冬山を歩いた。
下山後はいずれダムの下に沈む「川原温泉・王屋」の露天風呂で
汗を流して正月の上州山歩きを終えた

iwabitu.jpg 岩櫃山  

2007年01月04日

連続登山

朝から晴れたり曇ったりとまあまあの天気が続く、
お昼前に近所で「ハム・ソーセジ工房」を営むY氏から電話。
今日あたりの雪山での足元に関する質問であった。
つまり「ツボ足」「スノーシュー」「かんじき」のどれがいいかという
問いであったが目的の山を聞いたら「鳴倉山」だと云う。

いつもの里山である「大力山」の正面にある山で、
雪の無い時期は頂上まで車道を利用したパラグライダーの
テイクオフ場所になっているので登る気持ちが沸かなかったが
今回の話で少々興味が出て同行することにする。

登山口は佐梨川沿いの道路脇から始まる、
この数日間に誰かが登った痕跡はあったが雪は腐り始めていて
カンジキを履いていてもブスブスと沈んでしまう。
急登は尾根沿いに続いていて元旦と同じように潅木が邪魔だ。
急斜面を登りきると緩やかな尾根道が続いて1、2個のピークを
越えると頂上直下の急斜面が見えた。
あと1、2mの積雪があればいいトレーニングコースになるだろう。
頂上から見た権現方面、八海山方面とも「大力山」から見えるのと
また違った風景だ。
鳴倉山は578mだから504mの大力山よりもすこしばかり高いが
コースとしては1.5倍ほどのきつさだ。
登山口も確認したし、コースの概要も概ね頭に入ったので
今度はもう少し積雪があった後や新緑の頃に来てみよう。

2007年01月05日

かぐら・みつまたSKI

朝から好天が約束されたようにこの魚沼の盆地には
ガスが纏わりついていて
天気予報も天気図が示したように全国的に安定した晴天である。
年末に購入したガルモンテの山スキー用のブーツを試す為に
友人を誘って苗場地区へ出かけることにした。

みつまた側からロープウェイに乗ることにしてチェックイン。
駐車場は半分ほど埋まっているが、それほどの混雑は感じない。
ロープウェイやリフトを乗り継いで最高地点まで登る。
新調したブーツは1時間ほどは足になじまずに恒例のように
足の裏側にある筋が張って痛い。
その後はなんとか持ち直して快調な滑りを約束してくれた。
今回は150cmに満たない30年前のK2を持参したが
なかなか回転性能も良くて十分に滑られる。
いよいよカービングスキー板にチャレンジの時期か。

kagura.jpg かぐら山頂方面 

2007年01月10日

雪が降っています

こう暖冬小雪だと降雪が懐かしくなるから不思議だ。
連休が終わったとたんに気温が低くなって、
昨日あたりから小雪が舞う時間が多くなった。
積雪はそれほどでもなくて丁度いい感じかな。

正月用に作った料理もだいぶ整理がついたので
1ケ月前に漬けたタクアンも樽出しをして味見したが、
ザラメを控えたのに甘味を感じるのは柿の皮のせいか?

今年の昆布巻きは炊き上げる時間が少なかったせいか
大きめ骨が柔らかくならずに残念だったが、あと2本食べれば終わる。
またの機会には炊く時間を充分に気をつけたい。

野沢菜漬けを食べる時に葉の部分をより分けておいたものを使って
いわゆる「煮菜」を作った。
今回は野沢菜そのものの塩がきつくないのでだいぶ上品に仕上がった。
それにたぶん煮干でなく「アゴ」を入れたからかな?
打ち豆を加えて、醤油と日本酒で味を調えただけのシンプルなもので
生まれ育った下越では別の種類の「菜漬け」で作っている。

昨夜は正月用に用意したものが余ったからと友人から貰った
「ローストビーフ」と冷蔵庫の隅に眠っていた「銀タラの味噌漬け」だった。

それに昨日はハム工房のY氏から「鹿肉」を頂戴する。
猪の子供(ウリ坊)もあったが、これは調理方法も難しそうで遠慮した。
「鹿肉」は今宵にワインベースでソテーして食べよう。

雪が降り続いて外に出る時間がすくなくなると
ついつい料理のこと等を考えてしまう。
太らねばいいのだが・・・・。

2007年01月11日

鏡開き

今日のニュースでは「鏡開き」の行事に関する
コンテンツは少なくとも自分が見た番組ではなかった。
そんな時代なのかな?
1月の暦をみると「七草」「えびす」「鏡開き」「小正月」「やぶいり」
などが続いているが少なくとも「小正月」は
政府が「ハッピーマンデー」なる休日制度を取り入れてから
1・15は「成人の日」ではなく「小正月」の行事も無くなりつつある。

拙宅では正しい日本人として「鏡開き」をささやかであるが行った。
小豆を茹でてから小さなお供えを開いて食したわけだ。
小豆は近所の人が作ったものを入手して、お供えも一応地元産である。

あいにくと「七草」は魚沼の気候風土では入手困難なわけで
「スーパー」でパックのものを購入する気持ちにはなれずに今年は見送った。

「小正月」行事である「賽の神」は1・14の日曜日に実施される。
これも本来ならば1・15なのだが休日でなくなったし、
参加者がほとんど会社勤めで平日は無理なわけでしょうがない。
まあ、実施するだけいいのかな・・・・・と。

クリスチャンでもないのにX’masイブを言い訳に騒いだり、
なにやらバレンタイン・デーに熱を上げたり、
あまりにも業界のペ-スに載せられていないかと危ぶむのは
小生だけだろうか?

決して齢を重ねたからといわけでなく、
昔からの正しい因習はささやかにでも伝承してゆくべきだと
小さな声でブツブツ云っているだけである。

政治家の事務所経費をごまかすのが「美しい日本」を標榜する政党の
国民への鏡なのでしょうか?
雪深い辺地の神社で行われる昔からの行事のほうが
よっぽど「美しい日本」のような気がするのですがね。

2007年01月14日

2007年の賽の神

ここに引っ越してきて最初に作った「賽の神」はわずか2mの高さであった。
住民も10戸に満たなかったし、まずそれをやろうと云う人が居なかったが
小生が自治会の会長になった年から積極的にやりはじめて
今は高さ5mほどの大きさのものを作るようになった。

秋の時期に「萱」を刈って乾かしておき、骨組みは要らなくなった材木や
公園の枝おろしをした枯れ枝、製材所から調達した端材を使ってくみ上げる。
最後に「萱」を回りに着せて縄や針金で固定する。
先端には松や杉の枝をアクセントに取り付けて前日の準備は終わる。

当日(本来ならば1月15日であるが、最近は直近の日曜日)は
各家からは「松飾り」やお札、破魔矢などが運ばれて
萱の間に差し込まれ、点火を待つことになる。

拙宅が薪ストーブで乾燥した薪があるので毎年それを一番下に
セットしてあるので火付きは十分に楽である。
本来ならば年男に点火を任せたいが、いない場合は小生が点火する。
マッチ一本、保管してあった「ダケカンバ」の樹皮をに火を点けてから
火床に移すと一気に燃え上がる。

各人にはコップ酒が配られて乾杯をする。
火力が一段落すると竹ざおの先端にはスルメやモチが吊るされて
遠火の強火で焼く、3、4m離れても顔が熱いほどの火力だ。
焼きあがったスルメはなぜだか冷酒によく合う。
気温が2,3度の冷気だから冷酒と火の暖かさの相乗効果が快い。
モチは無病息災を祈って皆で分け合って食べたりする。

すっかり塔が崩れ落ちて一面に熾火が広がったのを狙って
再びスルメやモチが焼かれてお開きになる。
田舎のお正月はこの「小正月」をもって終わる。
また小雪が舞ってきた、今年は穏やかな冬を過ごしている。

sainokami_2007.JPG 炎上する賽の神 

2007年01月16日

つかの間の晴れ間

予報は曇りになっていたが昼を過ぎても青空が広がっている。
こんなチャンスを逃す手はないと昼食を食べてからザックにカメラと水を
入れて登山口に向かう。

いつもの駐車スペースには軽乗用車が1台停まっているが先行者か?
久しぶりに自前のスノーシューを履いたが今日の雪や急な登りには適していないのか
ズブズブと埋まってしまうし、長いテールがじゃまでしょうがない。
登り始めてすぐに携帯が鳴って先日の「鳴倉山」へ同行したY氏である。
山歩きに誘われたが登っている途中だと説明すると彼もかけつけると云う。
まあ、のんびりと登る事にする。
神社を過ぎたあたりで先行していた2人連れが下山してきた。
なんと同じ町内に住む老夫婦で、お互いに驚きの挨拶を交わす。
みんな久しぶりの好天に居ても立ってもいられなくて山を目指すのだろう。

元旦よりは積雪があるもののスノーシューが合わずにかなりのアルバイト、
すでにシャツが2枚とも汗でぐっしょりである。
頂上直下でY氏が追いついてきた、すごいパワーだなと感心する。
写真を撮って水を飲んでから早々に下ることにしたが、
スノーシューは踏みしめられたコースの急な下りには最悪で、
トレールを外れての新雪でようやく安定する始末。
残雪期の硬い雪ならばなんとかなるのだろうが、今回は選択を誤った。
いつもの「かんじき」が良かったな。

それでも下りは風景を楽しみながら歩けるのでキョロキョロしていたが
ナラの立ち枯れした木に「ヒラタケ」を発見。
大きなもので4本ほど収穫できた、Y氏は「バター焼き」が美味いという。
この季節にキノコが採れるなんて全くラッキーである、
これも異常気象のせいだろうということである。
(きのこは気象条件さえ合えばどんな季節でも生育するのだという、もちろん
 種類が限定されるのだろうが、このヒラタケは雪が降っても出るのが
 零下の日がなかったせいで残っていたのあろうという話だ)

夕方からはようやく雲が広がってきた。
当分は天候が安定しないので貴重なひと時であった。

uonuma_3.jpg 魚沼三山遠望 
snow_s.JPG kanjiki.JPG

    スノーシュー             カンジキ 

2007年01月18日

嗚呼、上野駅

夕方のニュースで「嗚呼、上野駅」を唄った井沢八郎氏が
亡くなった悲報を知った。

小生を含めて団塊世代の人たちにとって上野駅は懐かしい。
まだ残雪の残る故郷を後に「集団就職列車」で
金の卵といわれた中学校卒業の少年・少女達が東北方面から
まとまって上野駅に到着したニュースはまだ生々しい記憶である。

小生自身は高校卒業後に就職した数年後の昭和40年代の後半、
旅立ちの出発点は「上野駅」であった。
上野発東北方面、北海道への夜行列車に「登山とスキー」に目覚めた
若者としてあきれるくらいに通ったものだ。
その度にあのコンコースには「嗚呼、上野駅」の雰囲気があった。
故郷を離れた若者が遠い北国の思い出を求めて上野駅に通った話は
幾度となくニュースなどに紹介されたが、
あの空間にはまさにそんな空気があったのだと確信している。

小生は再び生まれた新潟県に帰ることができているが、
今だに「嗚呼、上野駅」はそのメロディーを聴いただけで鼻の奥がツーンとし、
涙腺がなぜだか弛んできてティッシュを掴んでしまう。

峠の向こうには「繁栄」があると周囲の大人たちに教えられ、
雑誌や新聞、それに映像でみる都会に憧れて故郷を離れたのだ。
現実としても田舎の生活と都会の生活の落差は驚異であったし
その利便さを大いに享受したのだが、やはり心の片隅には
「嗚呼、上野駅」があったのだと思う。
後日談として、中高年が混じる宴会の席で最後にはその歌を
嗚咽しながら唄う人たちが多かったとの話しも聴いた。
いかに「上野駅」を基点にした就職組が多いかということである。

果たして、井沢八郎氏の逝去したニュースを聴いた後に
その人たちは遠く離れた故郷の冬をどんな気持ちをもって
思うのであろうか・・・。

小生はこの文章を書きながら、やや涙腺が弛み始めてきている。
あの学生服姿のままで上京して上野駅に降り立った風景が
セピア色の残像として蘇るのである。

2007年01月21日

零下の里山

8:00、気温は零下3度で頬がピリピリする。
予想通り誰も居ない里山の登山口に立った。
足元はスパイク長靴のみでカンジキはザックに括りつけてある。
期待通りに雪は締まっていてスパイクがほどよく利くので
神社まではスイスイと飛ばす、前回とは雲泥の差だ。

冷気のせいで汗がすぐに昇華されて快い、
さすがに半袖になるほどではないが体はすでに温まってきた。
太陽は山道までは届かずに、はるか後方の街場を照らし始めてきている。
街全体を包んでいたガスはゆっくりと昇華してゆくが、
未だに川の流域に漂ってたなびいている。

コースは踏み跡がしっかりと付けられていて快適な歩行である。
全くカンジキの必要性もなく、まるで3、4月の残雪歩きのようだ。
すでに木の芽が膨らんできていて、所々にウサギの糞が転がっている。
なんとなくもうすぐ春がきそうな風景だ。

さほど汗もかかず、頂上に到着。
時間は45分、まあまあのペースだろうか。
水を含んでから写真を数枚撮る。
気温はようやくプラス1度になったが太陽の光りが暖かく感じる。
テルモスから珈琲を注いでのんびりと360度の景色を楽しんだ。

八海山の陰からは巻機山が見え隠れし谷川岳の姿も薄っすらと見える。
苗場、妙高、米山・・・やはり朝が早ければ視界は良い。

下山時もまだ足元は雪が硬くて駆け下りることができた。
寒の時期にこんな山歩きができるなんて不思議である。

koidemach.jpg 霧がたなびく魚沼盆地

2007年01月31日

大変な年です

昨日の天気はなんだったのでしょう。
朝から気温が上昇して昼休みを利用して登った里山では山道の雪が解けて
土の姿が見え始めました、まだ1月の末なのに・・・。
頂上から見る高い山は白く輝いていましたが、例年の半分以下の量ではないかと
云われています。
これままではいろんな事に影響するでしょう。
山菜の出方、夏場の水不足、春野菜の生育・・・・
適度な積雪がないといろんな生態系がくずれてゆくのが明確で、
すでに地球は温暖化のスパイラルに嵌っているとの発表もありました。

燃やし続けられる「化石燃料」、無謀なゴミ出し、全ての「無駄」が地球温暖化の
アクセルを踏みつづけるのだと思います。
標高2000m以下には雪が降らなくなる時代が今世紀中にくるかもしれない
そんな話をよく耳にします。

雪山をこよなく愛する小生にとっては考えられないことです。
雪が降っての残雪の山歩き、新緑の眩い輝きがあるのですから
自らの首を締めるような行為を止めてほしいものです。

漬物に酸味が出たり、仕込んだ「ドブロク」の味が心配です。
3月の終わりまではそこそこに積雪があってほしい、
明日からの冬型気象に期待する魚沼の民です。

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