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2006年10月 アーカイブ

2006年10月10日

飯豊連峰縦走・アプローチ

2006年10月10日(火)

夕方に到着する友を「関越道インター」まで迎えに行く。
もちろんこちらの準備は整っていて、
そのまま山形県の登山口まで走る予定である。
16:25大きなザックを高速バス・荷物室から取り出した山男が
のそりと現れ、すぐに出発してR252を喜多方市に向かう。

県境を越えて福島県に入り、「浅草岳」を田子倉側から見ると
秋の夕暮れのなかに草紅葉が広がっていた。
通いなれた喜多方市までのドライブも日が落ちてからは緊張するが、
漸く今夜と明朝の食事を調達すべく
街道最後のコンビニに予定よりやや遅く到着する。
まあ今回の山中の食事も下界での食事も個人の好みにしていたので
各々が好きなものを買って、今度は福島と山形の県境越えを行う。

喜多方市の中心街を避けて山沿いの間道を「加納熱塩」へと向かい
「日中峠」を越えることになる。
高速道かとも思われる立派な国道とトンネルを抜けるとそこはもう
山形県・米沢市になってしまう。
米沢市街地に入らずに目的の「飯豊町」への県道に入ったとたんに
驚くほどの細い道路が続いて、どんどんと山の懐深く車は進んでいった。
やがて「飯豊連峰登山口」という看板を見つけるとやや安心して
林道を慎重に走り始めた。
今年の7月に発生した川の氾濫で崩壊した林道も補修を終えていたので
登山口である「大日杉避難小屋」に21:00に到着した時は緊張が解けた。

考えていたよりは立派な小屋で、先客が2名居た。
若い環境庁の職員で、ビールなどを飲んでいる。
彼等も明日は「飯豊本山小屋」宿泊だとの事。
われらも挨拶を終えると早速、ビールを飲みながら情報交換した後
やや冷たくなったコンビニ弁当を胃袋に納めて寝る準備をした。
彼等が1階を使うようなので我等は2階に移動する。
かなり広いフロアをたった2人で使う贅沢、
明日からの縦走を夢見ながら就寝。

dainitisugikoya.jpg 大日杉小屋

2006年10月11日

飯豊連峰縦走・1日目

2006年10月11日(水)

6:00前に起き出して食事の準備(と云っても冷えたコンビニ弁当)。
せめてもと、湯を沸かして味噌汁とお茶は暖かいものを用意する。
早くも単独の登山客が登山口に向かうのが窓から見えた。
空はまあまあの青空が見え始めているが、かなりの朝露が降りている。
車が到着して新たに環境庁の職員が2名登場したり、
「キノコ採り」の人たちも別の山へ向かうらしく姿を見せたり
登山口は人の動きが激しくなってきた。

6:50出発、ザンゲ坂の急登はすぐに始まって、
10分ほど歩いたら汗が噴出してきたので
上着を脱いで半袖のTシャツ1枚になる。
想像以上に山道は整備されていて歩き易いのが嬉しい。
20k近い荷物はまだ肩にはプレッシャーを与えずに
うまくウェストベルトで負荷が分散されているらしく
足が前に進んでくれている。
ウルシの赤とコシアブラの黄色だけが目立ち、
他の広葉樹はまだ色付いていない。
右側からの尾根筋が近づいてきたと思ったら急登は終わって
あっけなく「地蔵岳」に到着する。

眼前には「飯豊本山」の大きな山容とそこに連なる尾根の
中ほどに「切合小屋」がポツンと見える。
一度下ってからまたあの尾根まで登り返すのかと思うと
気持ちが引き締まるが、不思議と体力の余裕すら感じる。
きっと気温が低いせいだろう、汗の量も少ないのか
水の消費量はかなり少ないままだ。
鞍部に近い「御坪」付近の紅葉は今が盛りで、
葉を落としたダケカンバやハイマツとの見事なコントラストを
見せていてくれた。

鞍部からは潅木帯を一気に「切合小屋」まで登り返す。
期待していた秋の抜けるような青空は見えなくなったので
正午前に小屋に到着してさっそく天気予報をチェックする。
山形県の天気は晴れのち曇り、明日は晴れだと云っている。
先行していた小国町から来たおやじさんはそのニュースを聞いた後
自宅に携帯で電話をしてから切合小屋で帰らずに
「飯豊本山小屋」泊まりに計画を変更した。

小屋には入らずに外で湯を沸かしてお昼にする。
風が当たらなければまあ穏やかな天気だが、
「大日岳」方向からガスが沸いたり風が強まっている。
マップ歩行時間よりはかなり早いペースなので
今夜宿泊予定である「飯豊本山小屋」までは余裕で歩けるはずだ。

日本の山、特に東北の山は信仰的な背景が色濃い。
山の名前、要所に設けられたシンボルがそれを物語っている。
ここ「飯豊山」も山形・福島・新潟の農民にとって「豊作」を約束してくれる
偉大なる山の神が宿る神聖な場所なのだ。
「地蔵」「御坪」「姥権現」「御秘所」・・・・
なんと「姥権現」には風雪に晒された地蔵に紅い帽子と前掛けが着せられている。
信仰心の厚い信者が毎年奉納しているのだろう。
「御前坂」での急登途中にかなりの水量を流す川が流れている
この渇水期でこれだから夏山シーズンには登山者の喉を潤す
重要な水場であろう。
我々も喉を潤し水筒を満杯にした。

気になっていた風が強くなってガスも湧いてきた。
時折露出した肌に雨粒が当たるようになってきた頃は
「飯豊本山」に近くなって、ところどころに先週降った雪が至る所に残っている。
脳裏の片隅に例の「北アルプス遭難」事件を思い出したが、
装備や体力と現在の位置、天候を考えて
小屋までの10分ほどの距離を急いだ。
小屋に入る前に再度の水補給をザックを置いて水場へ空身で下った。
ちょろちょろと流れ出る水を集めてボトルを満杯にする。
14:30「飯豊本山小屋」に到着。

小屋には4人の先客がいて我等を迎えてくれた。
かなり新しく綺麗に整理された小屋である。
2階の角といったベストポジションを確保してからお茶を沸かす。
外は雨は落ちてこないものの風の勢いは増している。
皆が明日の天気を気にしている。
これだけ天気が悪いと頂上往復や写真撮影も不可能だ、
あとはひたすらに夕食時間を待って寝るだけである。
我等は荷物の軽量化の為に「アルコール」の類は一切持参していない。
途中で会った「小国町のおやじ」はひとりで宴会を始めて
先着の「秋田」「福島」「東京」それぞれの登山客を相手に
「飯豊山・花自慢」「熊料理自慢」のワンマンショーを演じている。
時間つぶしに聞いている分にはずいぶんと面白かった。
風は治まらず、夕闇が迫ってきた。
18:00前に夕食を終えて早々とシュラフにもぐり込む。

otubo1.jpg 御坪付近1

otubo2.jpg 御坪付近2

dainiti.jpg 大日岳

2006年10月12日

飯豊連峰縦走・2日目

2006年10月12日(木)

一晩中、風は衰えることなく窓ガラスに吹き付けていた。
ガスも濃く表はなにも見えない。
強風、豪雨ならば停滞も考えたが、風とガスならば出発である。
他の宿泊者も次々と下山の準備をして飛び出してゆく。
今夜も山中で過ごす我等は最終客となって小屋を出た。

一応、上下とも雨具を着込んで完全装備。
自重+荷物の80kが飛ばされそうな強風である。
頭を低くしてストックに頼って歩き始める。
本当ならばこの日が一番の眺望とスカイライン歩きが楽しめる日なのに
このガスと強風ではただただ歩くだけである。
「飯豊本山」の頂上はすぐに越えて「御西岳」へのゆるい縦走路を歩く。
花のシーズンならば一面の「お花畑」が広がる爽快な散策道なのだろうが
今日はガスで視界が10mほど、風は強くて雨具を透して寒さが
肌を刺すけれども汗をかかないぶんだけ疲労感はない。
むしろアドレナリンの発散が著しいのではないだろうか・・。

11:00には「御西小屋」に到着、今日の行程は余裕なので
ここで大休止として珈琲を沸かして飲んでいると単独行の年配者と
若い米国人が連続して小屋に入ってきた。
若い米国人は仙台で英会話教師をしている山好きの青年(38歳)
英語と日本語半々のいろんな話をした。
礼儀正しい好青年であった
(山小屋での態度と食事後の始末は日本人より立派)。

早めの昼食を食べて今宵の宿泊先である「梅花皮小屋」に向かう。
雨具を付けて縦走するなんて長い登山経験でもそう何回もないので
かなり窮屈な思いもしたが、夏と違ってムレが気にならず、
また雨でなくガスと風だけだから濡れによる不快感も無いのが幸いしている。
本日最大の登りを2ピークほど越えるとあとは小屋まで下りだ。
ガスの中から大きな「梅花皮小屋」が見えてきた。

22歳の頃にここから「石転沢大雪渓」をスキー滑降したのを思い出す。
あの頃もけっこう大胆というか無鉄砲というか、
今思うと転倒したら奈落の底に落とされる斜面を「自分は絶対転倒しない」と
確固たる自信で滑っていたあの頃の事が懐かしい。
まあ、あの頃も遭難騒ぎにならずによかった。
今、その雪渓を覗き込むととてもぞっとするけど・・・・。

小屋には先客が1名いたが、彼は明日ここから「石転沢」を下降するという
もう時期的に雪渓もズタズタで厳しそうだが、
彼自身も25年前の同時期にここを訪問して下降した思い出を引きずっていた。
飯豊山魂中最大規模の避難小屋で広いのだが今夜はたったの3人、
それでなくとも気温は低くなってフリースを着込んでも寒いから
ほとんどシュラフに下半身を突っ込んだ状態で過ごす。
山の楽しみは食事なのだが、こう天気が悪いとなんか義務感で食べている。
明日、歩く為のエネルギーを補給しているというか・・・。
ありがたいことに、この縦走路は至る所で
DOCOMO(move)携帯が通話可能だ。
もちろんTV音声やFMラジオも聞けるので下界の情報は潤沢なのだが
下界の天気と山の天気はまるで異なる、それに今回は内陸部の気候よりも
日本海側、つまり新潟県は下越地方の天気が
そのまま悪い形で影響しているようだ。
昨夜から連続して24時間以上の強風とガスに見舞われている。
ガタガタと窓を振るわせる風の音を聞きながら19:00には眠りについた。

2006年10月13日

飯豊連峰縦走・3日目

2006年10月13日(金)

縦走中ずっとそうであったが(同行した彼もそうだったといっている)
山小屋で熟睡したことはかつて無い。
多分1時間おき位に眼が醒めているが、風は朝方まで止まなかった。
日の出が5:30過ぎだったので、その前に起き上がって窓の外をみたら
昨日降りてきた「梅花皮岳」の姿が黒く浮かびあがっていた。
ガスは取れているのだ、そういえば風も弱くなっている。
好天の兆しだろうか、ガスの切れ目に陽の光が差し込んできている。

やがて小屋の窓に太陽の暖かい光が差し込むとなぜだか
室内の気温が一気に上昇したような気がする。
そんな陽射しを大事にするようにゆっくりとお茶を飲んでから
最後のフリーズドライ食品による食事を終える。
今日はいくつかの小さなピークを越えてしまえばあとは「飯豊温泉」に
向かって一気に下降するだけのルンルンコースである。

「今日は撮影旅行にしましょう」と友は言ってカメラをかざす。
小屋近くに出ている水場の驚くほど豊富な水を全部のボトルに詰め込んで
朝日が当たってきた「北股岳」、「門内岳」へと爽快な歩みを進める。
ザックもだいぶ軽く感じてくるから不思議だ。

はるか前方には日本海の姿や新潟市内の街すら見えてくる。
太陽が高くなると青空は一層広がって風も静まる。
縦走路から連なる新潟側の登山口に至るたおやかな尾根には
いまが盛りの紅葉がなだれ落ちるように広がっている。
東北の山独特のゆるやかな縦走路ももうすぐ終わる、
急な下降が始まる前に珈琲とパンで早めの昼食を始める。
今回の縦走中、最も暖かくのんびりとした食事時間。
流れる雲、広がる草紅葉、はるか彼方には今回あるいてきた山並みが続き
もうすぐ終わる大縦走を見守っている。

やがて下降路は一気に高度を下げて、
急な尾根筋に付けられた登山道を転げ落ちるように下ってゆく。
深い渓谷の底には「玉川」が白い飛沫を上げて流れているのが見え始め、
尾根の末端にはこれから目指す「飯豊温泉」の赤い屋根が確認できた。
これからが長い、何時ものことだが下が見えてからが長く感じる。
両足の親指に違和感を感じ、中指の爪が痛くなってきた。
この登山靴で味わう下降時の試練だ。
大きな駐車場脇に出て初めて安堵感を覚え、友と硬い握手を交わした。
「お疲れ様」お互いのヒゲ面に満面の笑みが広がっていた。
kairagi.jpg 梅花皮岳方面  

monnai.jpg 門内岳方面

2006年10月30日

八海山+阿寺山 登山

10月27日(金)の夕方「Y画泊」から電話、
明日は天候が良さそうなので「八海山+阿寺山」へのお誘い。
Y画伯とは「飯豊連峰縦走」をご一緒する予定であったが、
日程の調整がつかずに彼を置き去りにして出発した経緯もあり
久しぶりに地元の山の紅葉も味わいたいので快諾する。
予定では「八海山ロープウェイ」でアプローチを省略した後に
「八ツ峰」を越えて「阿寺山」まで縦走する約7時間の日帰り登山。

7:00前に画泊が迎えに来て車2台で出発。
今回は登山口、下山口にそれぞれ車を配置しての登山である。
このところ晴れた魚沼の早朝はガスが湧き上がる日が多いが、
八海山の麓に近づくと青空が見え始めた。
まずは「阿寺山」の登山口に画伯の車を置いてから
ロープウェイの駐車場に向かう。
週末の好天のせいか駐車場は県外車が多かった。
8:00が始発なのに7:30くらいから列が出来ているから驚くが
谷川岳に比べたらまだ少ないほうかな・・・。

なんとか始発のゴンドラ(80人定員)に乗車できたので
最初から先頭を歩いて快調に飛ばし始める。
ゴンドラ頂上駅からは一度、展望台まで登った後にゆるやかな
登下降を続けて最低鞍部までは散歩道のようなお上品な登山道である。
いつもの如く歩き始めるとすぐに汗ばんで半袖のTシャツ一枚になった。
まず「女人堂」までは朝の冷気を味方にして体を慣らすことになる。

鞍部からは急斜面が「女人堂」まで続くわけだが、
いろんな場所に弊紙が奉納されていていかにも信仰の山である事を認識する。
途中に岩場が現れて「胎内潜り」のコースと別れて急な鎖場になる。
画伯は「胎内潜り」、小生は尾根コースを行くが鎖場を越えたらすぐに合流。

「女人堂」はログハウスの立派な小屋である。
ザックを降ろして水を飲み小休止、
昔は女人禁制で、女性はここまでしか参拝できなかったのだろうか。
見上げると「薬師岳」が大きく聳え立っていていよいよ山という感じがする。
ここから「千本檜小屋」までがけっこうな急登が続くわけだが、
思ったほど汗も出ないし、不思議と疲労感は覚えない。
数年前、夏のある日、夕方から同じコースを歩いた時のバテ方は最悪だった。
越後の山は春か秋がいいなあ・・・。
八海山独特な岩場が現れて鎖が設置されているが、
凹凸が多くて岩が乾いていればフリーで充分登れた。
最後の鎖場を越えるとあっけなく「薬師岳」に到着した。
ここから「千本檜小屋」は少し下ってから登り返したところにあって
目の前にかまぼこ型の宿舎と本殿小屋が見える。

「千本檜小屋」は営業を終わっていた。
さていよいよここからが「八ツ峰越え」である。
「地蔵岳」の登り口から「迂回コース」が分岐されていて
初心者や体力不足の人達はそちらのコースを選択できる。
立て看板には「滑落すると死亡します」という警告文が明示されている。

皮のグローブを装着してほぼ垂直に近い岩場を強引に登る、
「不動岳」「七曜岳」「白河岳」「釈迦岳」
まさに鎖場の連続で腕力勝負の登下降を強いられるが
降りで切り立った奈落の谷底を見ながら鎖を使うのはさすがに緊張する。
これが雨の日ならば絶対に近寄らないことだ。
コース中に平均10mの鎖場が40ケ所もある事が案内図に記されているが
数える暇も無く、ピーク毎に奉納された石柱や祠を横目に通過する。
「釈迦岳」からは本コース一番の威容を誇る「摩利支岳」が前方に聳え
恐ろしいほどの威圧感を与えているが、アドレナリンは順調に抽出されている。
両足を岩場に突っ張って握力で鎖を握りながら体を持ち上げる、
逆に下降では股の間から足場を探しながら体を宙に浮かしながら下る。
過去に何人もの人が自分の体を支えきれずに転落しているのは
恐怖感が先行して体が硬くなったりバランスを欠くせいかもしれない。
「大日岳」の最後の15mの垂直に近い鎖場を終えると「八ツ峰」越えは終了だ。

ここから「入道岳」までは尾根道の登りで緊張感は弛み始めた。
このピークは1770mの本コース最高峰である。
足元からは「阿寺山」への分岐を経て一気に「中ノ岳」に至る尾根道が
まるでジェットコースターの登りラインのように天空へ突き上げている。
紅葉前線はすでに渓谷の両岸にまで下降していて秋の傾いた陽射しに輝いていた。
「越後三山」または別名「魚沼三山」を平野側からばかり見ていると
「駒ケ岳」から「中ノ岳」に至るたおやかな縦走路や
「八海山」と「中の岳」の間に存在する驚くほどの標高差に眼を見張る。

これから目指す「阿寺山」はこれまでの岩だけの山と異なって
穏やかな草原が広がる越後の山といった様相がうかがわれる。
まだ紅葉していない緑と赤や黄の紅葉真っ盛りの木立が頂上付近に纏まっている。
一度鞍部に下りてからは湿原の端を歩いているような草原と次々と現れる池塘が
まるで「尾瀬」を思わせるようであった。

頂上直下の池のほとりで遅めの昼食を摂る。
左から「八海山」「駒ケ岳」「中ノ岳」と広がるパノラマをおかずに
最近の日帰り登山に持参する「めんぱ」を開けて食べ始める。
暖かな秋の陽射しのなか静かな晩秋のひとときである。

草原のヘリから下降路に入るとすぐに潅木帯が始まって
湿原のイメージは一変して魚沼の自然林であろうか。
北側の斜面のせいか葉は落ちていて視界はよく、
右手に「八海山」の岩場がずっと見え隠れする。
やがて斜面は急なブナ林へと変わって「オオダケカンバ」や
ブナの大木が林立する林間コースになった。
前回の「飯豊連峰」で痛めた両足のつま先がまた痛んでいる。
この靴も急斜面の下降には無力なのだろうか・・・。

粘土質の路に落ち葉が堆積して滑りやすくなっているせいか
何度もバランスを崩して転ぶ。
痛んだ足をかばっているのかへっぴり腰で歩いているらしい。
画伯からストックを一本貸して貰ってなんとか耐えていたが
急斜面が終わって沢筋の平坦な道になったとたんに
緊張感がゆるんでしまって足が重くなった。

今月はよく歩いたものだ。
当分は一日に6、7時間も歩く山は休もうと思う。
車にたどりついた時は登山靴の靴紐を緩めてそんな事を思った。

marishi.jpg 摩利支岳方面 

nakanodake.jpg 中ノ岳縦走路 

adera_8.jpg 阿寺山から八海山を望む 

 

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