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2006年08月 アーカイブ

2006年08月02日

待ちわびた梅雨明け

ようやく梅雨明けになりました。
先週の後半から今週の前半まで上京している間に
「関東甲信・北陸」の梅雨明けが発表になった。
それでも昨日は午前中は最後のかなり強い雨が降って、
今朝は薄い雲がかかっているものの基本的には「晴れ」
トマトは赤く色付きが始まり、オクラは元気を取り戻した。

朝の涼しいうちに畑の草取りをした。
雨上がりのこの時期に小さな草を抜いておけば効率がいい。
ミミズも雨上がりの畑からニョロニョロと散歩に出てきた、
ツバメは南下の時期を始めたようでで、遅い巣立ちのファミリーだけが
まだ電線の上で打ち合わせをしている。

梅雨明けと立秋が1週間の差というのも驚く、
枝豆が美味しくなったし、八色スイカも出回り始めた。
早く夏の味覚を味わはないと秋がやってきてしまう。
お盆を過ぎる高い山では霜が降りることもあると云う。

2006年08月06日

今年も味わいました

原発で有名な「柏崎」からやや南に下がったところに
「鯨波海岸」があるが、その付近で採れた「岩牡蠣」を食した。
夏の岩牡蠣、それも日本海に清流が注ぎ込む付近で採れたものは
格別に美味である。(例年、友人が獲ってくる)
冬場のそれに比べても大きく、ぷっくりとしたその身を
レモンをたっぷりとかけてかぶりついた。

八色スイカも30度を越えた気温のなかで食べると
その糖度といい、シャキシャキ感といい真夏の気分が盛り上がる。

枝豆は益々甘味と香りを増してきている。
塩を加えたたっぷりの湯に塩で充分にもみ洗いをした豆を
ほおりこんで、プツプツと音が出始めたらザルに揚げて再び塩を振る。
想像以上の塩を使うが、これが旨みを引き出してくれるのだろう。

朝露がびっしりと降りているなかで一粒づつ採りこんだミニトマトと
フルーツトマトは皮が柔らかくて甘い。
朝の食卓にはかかせない一品になってしまった。

日本列島を熱波が襲っているが食欲は旺盛である。

iwagaki.JPG 岩牡蠣の食後残骸

2006年08月11日

夏山1

長かった梅雨明けをまっていたように登山の誘いが多くなった。
まずは昨年同様に「平ケ岳」へのお誘い、
銀山平と尾瀬への道路が補修が終わった為にようやく
ツアーの受付が始まったらしく、お誘いを受けたのだが
昨年同様「銀山平」に4:00集合ということでほとんど眠れずに
同行者の家に・・・しかし待つこと30分、完全なる寝坊、
結局集合時間には間に合わず。

すでに「銀山平」への移動は諦めていたので、とにかく車で関越道にのる。
「巻機」「大源太」「谷川岳」といろいろ候補地があげられたが、
「谷川岳」に決定して関越トンネルを越える。
早朝の駐車場はまだガランとしている、登山靴に履き替えて
早々に出発、朝露の降りた旧道を「巌剛新道」へ向かう。
「マチガ沢」の岩壁は珍しくガスがかからずに上部まで見えた。
6:30に登山口を出発、途中で何度か残雪の写真など撮りながら
1時間すこしで「西黒尾根」との出合に到着。

これから昇る岩尾根がよく見えて高揚感が高まる。
天気も安定しているし花もちらほら見受けられた、
ソールのゴムは乾いた岩と快適なフリクションで体を支える。
太陽が出るとやはり汗が流れ始めた、水の消費も激しい。
それでも花や風景の写真を撮りながら快適に登行、
2:15で「トマの耳」に着いてしまった。

早くもガスが頂上付近を覆い始めて、谷川独特の様相だ。
下界は多分30度を越えているだろうが、
そこは体感15度ほどの気温で半袖Tシャツ一枚では
やや肌寒く感じるほどだ。

かなり早い昼食を終えて10:00過ぎには下山を開始した。
ゴンドラが動いているし、炎天下の岩場歩きは暑そうなので
「天神尾根コース」をほぼ駆けるように下った。
暑い時間帯に「天神尾根コース」を上ってくる人たちが多い。
まあ、ゴンドラを使うとなると出発が8:00だからしょうがないか、
高齢者が半分、中年が残りの3/4、子供1/3、若者1/3くらいであった。

帰途は#17に出て三国峠を越える一般道を走る、
いつもの「峠の湯」で汗を流して灼熱の魚沼平野に戻った。
いいトレーニング登山であったと思う。

machigasawa.JPG マチガ沢上部

夏山2

加賀白山へのお誘いを受けていた。
前日の夕方に翌早朝発が前夜発に変更される。
準備は終えていたので快諾、20:00に「小出インター」を出て
北陸道の「金沢西」まではノンストップで走り、あとはひたすら
「白山」を目指す、途中で翌日の朝食、昼食を購入してから
駐車場に到着、思った以上の台数が駐車してあった。
登山口まで行ける思っていたが、ここでピストンバスに乗り換えるらしい。
トイレもあるし、駐車場もまだ余裕があったので車の横にテントを張って
車のオーナー夫婦は車中、同行する我等2人はテントの人となる。
シュラフは昨年以来、テントは記憶がないいほどの経験である。

やはり熟睡できずに3:30には起きてしまった。
しょうがないので4:00には珈琲を沸かして朝食を食べ始めた。
4:30には他の車からも登山客が這い出してきて
6:00出発のバスにはほぼ満席になるほどの乗客、
朝一番のバスは爽やかな空気を切り裂いて高度を稼いでゆく。
雪国の木々に比べると積雪の影響を受けずに根元から真っ直ぐだ。
別当出合は立派なビジターセンターがあり、トイレや水場も整備されている。
頑丈そうな吊橋を渡ると「砂防新道」、その手前から尾根に取り付くのが
「観光新道」になる。

我々は堰堤工事用の道路を眼下に「砂防新道」を急いだ。
鬱蒼とした森林帯には「ウバユリ」の群落が続いており、
標高が高くなるとちらほらと高山植物の花達も目立ち始めた。
森林限界を超えるとそこには緑の絨毯が広がっていて
左手には「観光新道」の尾根道が、右手には別山の姿が見える。
「南竜ゲ馬場」へのコースをトラバース気味に辿ると別山への縦走路の麓に
立派な小屋とテント場ば見えてくる。
途中から今度は「室堂」に向かって「エコーライン」を上り始めた。
このあたりはまさに「お花畑」が広がっていて疲れを癒してくれる。
美しい花々に感嘆の声を上げているうちに室堂直下に出る、
最後の登りで汗をかくと本日の宿泊場所「室堂」に着いてしまった。

十二分に時間があるので少し休んでから頂上とお池めぐりに
出かけることにする。なにしろお昼までもだいぶ時間がある。
頂上までは40分ほどで綺麗に組まれた石段を昇る、
途中にはクルマユリ、フウロウなどが咲き乱れていた。
奥宮は風除けの石塀に囲まれて鎮座している、
裏側には幾つかの池が点在しており、上ってきた草原とは
全く異なる風景だった。

早々に池まで下ってそのほとりで昼食とした。
残雪の末端が池まで入り込んでコバルトブルーの水面が涼しそうだ。
風も弱く、陽射しもそれほど強くない、穏やかなひと時。
こんな時間を過ごす為にあれだけの苦役を経て汗をかいたのだ。
頂上をぐるりと巻いて室堂に戻る途中もクロユリの大群落、
雪解けを終えたばかりのハクサンコザクラの鮮やかさが眩しい。
感嘆の声しかあがらない。

チェックイン後、室堂では夕食までの時間がありあまるほどあって
今度は別の散策路に出かけたりして楽しむ。
夕食は期待を裏切られたが心配した寝苦しい夜は稀有に終わった。
翌未明、3:30頃から小屋全体がざわついて多くの人が頂上での
「ご来光」を目指して出かけたが、小生は小屋に残ることにする。
珈琲を沸かして熱いカップを抱え込んで稜線がモルゲンロートに染まる様や
幾つも重なり合う眼下の山並みに見とれていた。

下山は朝食後のお茶を飲んでから「観光新道」を下る。
避難小屋付近まではまたまた今までと異なる種類の花が咲き乱れていて
デジカメのシャッターを切りまくった。
膝がおかしくなるほどの急斜面を走り降りて別当出合に着いた。
登りには使いたくないコースである。

冠に「ハクサン」がついた高山植物の花が多い、
白山に咲くそのほとんどを目にした思いがする。

kuroyuri.JPG クロユリ
hakusankozakura.JPG ハクサンコザクラ

2006年08月17日

猛暑

昨日の魚沼市、最高気温が37.6度との事。
台風の影響によるフェーン現象影響であろうが
1昨日から続いた南からの風で空気中のチリが飛ばされて
夜の星が鮮明に見えたり朝やけの「八海山」がクッキリと見えた。
ついに昨夜は熱波による農作物への注意報がでたほど。
夕方の水撒きは欠かしていないが、舗装道路の散水は
ものの30分で蒸発してしまう。

熱帯夜が続くと夜露さえも降りないで朝の庭への散水も必須となる。
地球温暖化、砂漠化の拡散、それでも降雪が多かったこの地域は
ゆっくりと保水されてその恩恵がこの夏に地下水として現れる。
ありがたいことだろう。
家の前の側溝には春に比べると多少は水量が減ったものの
まだ豊富な水が流れていて利用できるのが嬉しい。

日本的な行事である「お盆休み」は終わった。
再び魚沼市の人口は減少してスーパーの食品売り場から
刺身や揚げ物の大皿が消えてゆく。
もう暦は秋を迎えており、この台風が去ると秋風が北から吹いてくる。
冬の準備を始めるのは気がはやいのかな?

8kaiyama_8.JPG

八海山の朝

2006年08月21日

ついに入手

長い間購入を検討していた「陶器炊飯器」を入手した。
何年か前に雑誌で紹介されていて興味を持ったのだが、
まだ電気釜が現役だしけっこうな値段だったので踏み切れなかった。
ひょんな事で入手できたのでさっそく炊いてみた。
もともとガスで炊飯する事は電気よりも美味しく炊けるのは
実感していたが、なによりも火力を調整できるのがいい。
ずいぶんと昔に竈で炊飯していた思い出があり、
炊き上がった飯を「おひつ」に移したあとに釜の底に残った
「こげ飯」に醤油を垂らして握ったものを母からもらった記憶がある。
その後のガス釜、電気釜の出現で「こげ」は出来辛くなったので
幼い頃の楽しみは半減したわけだが、今度は意識して「コゲ飯」を
作れそうだ。

何度か使ってみてコツは会得した。
厚い陶器に溜められた熱量が美味さの秘訣だろうか、
わずか2合の米があれだけ上手く炊けたので嬉しい。

もうすぐ新米の季節だ、キラキラした「魚沼コシ」を炊き上げて
楽しみたい。

2006年08月24日

曲げ物

一般的に云われている「曲げ物」とは
秋田県は大館の「曲げわっぱ」、木曾地方の「めんぱ」が有名である。
古来、日本の家庭には「ふるい」なるものが存在したがこれも仲間に入る。
「めんぱ」は山仕事をする人たちの弁当箱として使われた。
軽くてご飯の湿度が適宜に保たれるすぐれものなのだ。
朝早く炊いたご飯を「めんぱ」にめいっぱいに詰め込んで山仕事に出かけ、
2回ほどに分けてそれを食べたという。
その蓋の部分にはお茶なども注いだらしい。

先日入手した「陶器釜」で炊き上げたご版の保存に
いろいろ試した結果が、この「めんぱ」の利用である。
所謂、「おひつ」の小型版のようなものだから最適であった。
会社に弁当を持って行ってた頃に購入してもらったのが
初期バージョンで、これはちょっと高級品で表面にコーティング済み。
1段目はご飯、2段目はおかずを入れておき、
使用後は蓋を1段目に格納されて2段目を蓋がわりにする。
非常にコンパクトで当時持っていた皮のカバンの一番下に
ぴったりと収まって、帰社時にも邪魔にならずに重宝した。
bent_3.JPG 2段重ね弁当箱

20年ほど前に奥只見のダムサイトにあったみやげ物や購入したのが
やや大きめの「めんぱ」で多分、会津産らしい。
表面加工もしていないが昔の山仕事をしている人たちが
使っていたのがこの大きさのもので、ごはんをぎゅうぎゅうに詰めると
2合分は入ってしまう。

bent_1.JPG 山仕事用の「めんぱ」

1昨年、「中仙道」を歩いた折に「木曾路」で見つけたのが
小判型の「弁当箱」でヒノキを使ったシンプルな形の曲げ物である。
先日、日帰りの山登りにこれを使ったわけだが
おにぎりやコンビニ弁当に比べたら「米」の美味さが抜群だ。
おかずは別の容器に詰めて行ったのでボリュームも充分である。
ゴミも出ないし軽いのがなんともいえず良かった。

bent_2.JPG 木曾谷の弁当箱

曲げ物の接続部分は木の皮を使っている(桜のようだ)
使い方次第では2、30年は充分に使えるらしい。
弁当を持参する生活でなくなったけれども
せっかくの貴重な「めんぱ」を大いに利用したいと思っている。

bent_4.JPG 「めんぱ」の接続部分

2006年08月29日

智恵子抄

「東京には空がないといふ・・・」
かの高村光太郎の夫人がつぶやいた言葉で有名な「安達太郎山」に行った。
前回は風とガスでほとんど視界ゼロでの頂上を通り過ぎただけで
「くろがね小屋」で湯浴みをして下山したのだった。

今回はケーブルを使わずに頂上を目指し、且つ縦走する予定である。
前夜、「赤湯温泉」の好山荘に泊まり,車を一台下山口に置いてから
岳温泉スキー場のある登山口にもう一台でむかった。
登山口にはすでに10台ほどの自家用車が並んでいたし
ケーブルの発車を待つ多くの登山客が待機していたが
我々はゲレンデの脇に作られた登山道を歩き始める。

踏み跡が不鮮明だったり脇から伸びた草の様子からして
利用者が少ない事や整備があまり進んでいない実情を味わう。
それでもいい汗をかいてケーブル山頂駅からの道と合流するが
そこはほとんどが立派な木道が設置されている。
ケーブルが運行開始されてから歩き始めた団体客が数グループ
先行していたが小走りにそれらを追い越すと、岩がゴロゴロした
頂上直下の広い場所に飛び出す。

遠くから見ると乳首のようであるが近くではゴツゴツした岩が盛り上がった
5、6mほどの突起が安達太良山の頂上の特徴である。
ガスが広がっていたが時折、視界がひらけるとこれから歩く縦走路が
異様な赤茶けた稜線として眼前に見えた。

次第に増え続ける登山客をきらって早めに縦走路を歩き出す。
鉄山までは左手に硫化硫黄ガスを噴出する異様な岩場を
右手はくろがね小屋を経て岳沢温泉に広がる緑の風景が
妙なコントラストを見せていたがいずれにしてもこの地域は
有毒ガスが滞留しやすくて何度か登山客が亡くなっているので
危険区域に迷い込まないように立て看板や岩にマーキングがある。

鉄山を過ぎるとそこは縦走をする登山客のみの静かな道になり
立派な避難小屋が稜線上に建っていたのでその前で昼食にする。
フランスパンとオイルサーデン、チーズ、胡瓜とミニトマトのサラダ
スープ代わりに「シーフド味カップめん」のささやかな食卓。
3人で2杯の珈琲を分け合って貴重な水を大切にする。
水を補給できない夏の縦走路では行動中の水補給と食事に使う水は
自らが運び上げる水の量でまかなうので大変だ。
今回は各自が2L近く持ち上げたから充分であるが・・・・

後半の箕輪山は遠くから見ると今までと違って緑の山に見える。
鉄山からのピークからやや下って熊笹が生え茂る道を再び
登り始めると次第にリンドウの花が増え始めてきた。
ゆるい傾斜の斜面を登りきるとそこが「箕輪山」の山頂である。
左手には横向スキー場のゲレンデがすぐ近くに迫ってきていて
そこからの登山道のルートが道標に記されていた。
われらは右手の急斜面を駆け下りるように下って
やがて最後のピークになる「鬼面山」に向かう。

今まで登ってきた高度を一気に失うわけだから惜しいのだが
これは下山時に味わう空しい登山者の現実だ。
急斜面を降りきるとなだらかな潅木帯を歩くのだが、
そこに生えている木々の形が風雪に耐えてきた長年の
歴史が刻まれた見事なものであった。
湿原があってもおかしくない草原が時折現れたが、
恐らく長い時間の経過で湿原は消失したのだろう。

「鬼面山」への登りはあっという間に終わってしまいあとは下りだけとなる。
土湯峠までくると国道の「土湯峠」や「横向スキー場」が近づく。
高圧線の鉄塔が立ち並ぶ峠は「フウロウ」や「アキノキリンソウ」が
咲き乱れる花畑が広がっていた。

峠から野路温泉へは10分ほど森閑としたブナ林を歩くと
突然に「野路温泉ホテル」の真横に出てしまう。
かなりゆったりとした縦走路であった。
登山口に置いた車をピックアップしに出かけてついでに
今宵、胃袋に収まるビールなどを仕入れてきてから
好山荘の露天風呂にゆっくりと浸って大宴会に突入した。
rindou.JPG リンドウ

T_rindou.JPG ツルリンドウ

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